桜海霞


桜の海の中 霞んでいく君を 思わず抱きしめる

4月のはじめ。肌に触れる空気が暖かく心地よくなってきた頃。御影町にあるこの公園は桜の満開期を向かえ、多くの花見客で賑わいを見せていた。
エルミン学園2−4の生徒たちもその中の一集団で、都合の付く者たちが集まってこうして揃って花見にやってきたのだった。

「うわぁ・・・キレイだねー・・・」
頭上に広がる桜の雲を見上げ、麻希は思わず感嘆の声を上げた。
「本当に綺麗ですわ。風流ですわね」
隣にいるエリーもうっとりと桜をみつめながら息を吐く。
春の強い風が少し出てきて、辺り一面に桜の雨を降らせている。
「ていうかー。それよりアヤセお腹すいちゃったんだけど――」
麻希とエリーより少し離れたところで綾瀬が大きく伸びをしながらそう言った。
「ったくてめぇはよー。もう少し園村みたく美しい花を愛でようって気にはならねえのかよ」
綾瀬の横で稲葉がそうツッコミを入れる。
「この人ごみの中で風流もクソもないっつの。確かに綺麗だけどさー」
『まったくだ』
心のなかでそう綾瀬に賛同して、稲葉たちより更に後ろを歩いていた南条は辺りをぐるっと見回した。花見に来ないかと聞かれ、まあ桜は嫌いではないし、たまには旧友と風情に触れるのも悪くはないと思って来たのだが。回りのどこを見ても人、人、ひと。
これで風情を楽しめと言う方が間違っている。
そう心のなかで呟いてから、ふと自分の隣を見てみる。さっきから横でぎゃあぎゃあとしゃべっていた上杉が今は一言も言葉を発していない事に気づいて。
隣を見やると。上杉は、少し上を見上げ、その目を大きく開き静かに桜に見入っていた。

「―――――――――――きれい」

南条が自分の方を見たことに気がついたのか、上杉はそう一言だけ呟いた。
そしてその言葉を発した口のまま、また桜に見入る。

ふと、少し強い風が吹いて桜の花びらが舞い上がった。まるで雨のようなその花びらの量は、鳴きながら踊る。
そして、南条と上杉の間を桜の花びらが大量に通り過ぎて行った。瞬間、視界を遮られて上杉の表情が分からなくなる。

「――――――南条?どしたの?」
上杉の声で南条ははっと我に帰った。
なんだろう・・・この感覚。
「南条・・・痛いっスよ」
痛い?何が?そう言おうとした瞬間、
南条は初めて自分の手が上杉の腕を掴んでいる事に気がついた。何故か無意識に、だ。
「あ、ああ・・すまん」
南条は短くそう言うと手を放し、視線を逸らした。
二人の間をいつもとは違う沈黙が通りすぎて――――――――。

「じゃあこの辺でご飯にしよっか。シート引いちゃおうよ」
藤堂が発した一言によってその沈黙は破られた。
「おっ、おう!!ようやく宴会っスね〜!オレ様美声披露しちゃってもオッケー?」
上杉がおどけながら藤堂たちの方に走りよっていくのを南条は後ろから眺める。

どうしたんだ?なんだったんださっきの自分の感覚は?一体・・

「どしたの?南条早くおいでよー!」
上杉の声でまたもや南条は我に返る事となる。
「あ、ああ今行く」
南条は不思議な感覚を抱えたまま桜の下へと歩みを進めるのだった。






「ぎゃはははは!!藤堂!お前結構飲めるなー!」
「っていうか俺は普通に飲めるクチだし。それよりも稲葉ちょっと酔ってるんじゃないの?」
「なにをう!?おぇが簡単に酔うかっひゅうにょ!」
「何言ってるかわかんないし」
「まあまあMark、無理はよしたほうがいいですわ」
「無理なんかしてれえよ!!おいなんじょー飲んでるか?」
「絡むなサル。鬱陶しい」
「っていうかこれおいしー!!やるじゃん園村〜」
「そう?料理はあんまり自信なかったんだけど。嬉しいわ」
「いや全然普通においしいわ。ん、ていうかおサケ足りなくない?ちょっとバカ上杉酒買ってきなさいよー・・・・・・・・・・・・・・。上杉?」




宴会も一番の盛り上がりを見せ、いつもは酒など飲まない南条も仲間に言われるまま酒を飲んでいた。最初はあまり乗り気ではなかったのだがいざ始まってみれば。なんというか
こう、楽しい。
皆が桜の下で笑いあい、はしゃぐ。ついこの間までの自分からはこんな場所にいるなんて想像もできない。ただ、今は皆とこうしている時間がとても・・・・
「ねえ南条?上杉どこ行ったのよ」
綾瀬の一言に南条は声のした方に振り返る。
「上杉?」
そういえば、さっきまで稲葉と一緒になって大騒ぎしながら飲んでいた上杉だが今は辺りを見回してもその姿は見えない。
「おい稲葉、上杉を知らないか」
「ああ〜?上杉〜?」
「そういえば、さっき上杉木登ってなかった?」
は?
南条は言葉の通り目を丸くした。
「ああのぉってた。『一番うえすぎひでひこ木に登りマース』とか言ってたよなぁ〜」
「何よソレ。まあいっか別にいないならいないで。静かだし」
そう言って綾瀬は自分で追加の酒を買いに行こうと立ち上がった。

木に登った?またあいつも突拍子もないことを・・・。
そう思いながらも南条は上杉がいつまでたっても降りてこないことに段々と不安を感じ始めた。なにしろ向こうは酔っているのだ。いつ足を滑らせて落下するともわからない。
稲葉はこの通りだし
藤堂もなんだかんだ言って顔が赤い
女子に木登りなんてさせられるわけがない


南条は小さく息を吐くと、立ち上がり、木の幹の前に立った。





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