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「わかってる南条?俺は南条の事・・・・」
「わかっている」
そう彼は言い放って上杉の体をぐい、と押しのけた。
彼は何かを言いかけ、直ぐに口をつぐんだ。
もう、何も言葉にならなかった。
頭の中に浮かんでは消える感情も
今伝えたい言葉も
目の前の、誰よりも愛しい人にわかって欲しい言葉も
口にしようとしても、言葉にならず

彼は目を閉じ、悟った。
言葉は何て無力なんだろうと。
どうしたら・・愛しい人に自分の気持ちをわかってもらえるのだろうと。


悟って、絶望した。


そして彼は逃げ出した。夜明け前。
全てから逃げ出したかった。
自分を包む、何もかもから。









サイレント
<1>―夜明け前―











どこまでも、広く晴れ渡る青空。雲ひとつないその空は見ている者の心すらも晴れ晴れとしたものにするかのような青さだった。
しかし。その青さもこの男には無力な存在でしかなく、その澄んだ空は男に眩暈を与えるだけだった。その。眩しさに。

グラウンドの下を生徒達が走り回る。大きな声を掛け合いながらサッカーに取り組んでいる。本当はふけてしまいたかった体育の授業だったが、上杉はその素早い動きを買われ、どうしても試合に出ろとクラスメートから念を押されていた。それでもやはりこんな青空の下サッカーなどやる気にはなれず、上杉はただ転がるボールと走る仲間達を見ていた。
ふと。南条の姿がちらりと目に入る。真剣に、というまではいかないようだが、それでもそこそこは真面目に取り組んでいるようだ。
上杉は南条の姿を直視することが出来なかった。昨日の夜、あんなに拒絶された。目をそらされ、こちらの言葉すら中断され、上杉がわかってほしかった言葉は空気となって消えた。

もう。南条には俺の言葉は届かないのかな。

そう。頭の中で呟いた。次の瞬間には思い切りその姿に背を向けていた。とても見ていられなかった。見ているだけで、


狂ってしまいそうになる。



上杉のそんなはっきりしない意識を無理やり呼び覚ましたのは、稲葉の声だった。
「上杉!!!後ろ!!!!!」



「え?」


振り返ろうとしたがもう時は遅く


鈍い音を立てて級友の放ったシュートは上杉の後頭部に当たった。






それから先少しの事を、上杉はあまりよく覚えていない。
皆が集まってくる足音。皆が自分を呼ぶ声。(そういえば南条の声は混じってなかった気がする。)真上に広がる青いソラ。



意識をほんの数秒失っていた。目を開けるとそこには級友の顔が次々と現れる。頭がジンジンと痛かったがこれ程の痛みはなんともない。このくらいの痛みならあの戦いの中で何度も経験している・・。特に大きなダメージではない。そう判断した。仲間たちがあまりに心配そうな顔で自分を覗きこんでいるので、上杉はみんなを心配させまいと、無理やりに笑顔を作って見せた。
「ごめ〜〜ん。俺様ちょ〜〜っち余所見してたみたい。ごめんね〜」
そう言った。

つもりだった。

皆が、不審そうな顔でこちらを見ている。上杉自身も驚きを隠せない顔をしている・・・。口をぱくぱく開けて、もう一度さっきの言葉を言おうと声を出そうとした。


しかし、上杉の口からは音は出なかった。

南条が怪訝な顔でこっちを見ているのがわかる。




「嘘・・・皆・・・どうしよ・・・俺様声でねえ・・・」

もちろんそう呟いた声も出なかった。

級友たちがざわめき始めた。皆上杉の異変に気づいたらしい。
何人かが上杉の肩を揺さぶった。しかし上杉の声は出ず、代わりに上杉を激しい頭痛が襲った。
急に頭を抱えて苦しそうな表情をする上杉に、更にクラスメイトは混乱した。稲葉が「夏美先生呼んでくる!!」と走っていったのが視界の片隅にうつる。
頭がガンガンする・・。割れそうに痛い・・・。



南条の姿は、見えなかった。





それから先はもう大騒動だった。突然の頭痛に意識が朦朧とした上杉は保健室へ連れていかれ病院へ連れていかれ、検査をしても原因はわからず。時間がたてば頭痛は治ったが、上杉の声は戻らないままだった。上杉は検査入院と言う事で、一日入院することになった。
白いベッドの上でただ一人、溜息をつく。
「頭・・・いてえ」




ゆっくりと、深呼吸する。
突然の出来事に体がついていかず、声にならない声を思わずあげていた。
どうしてこんな事になったのだろう。上杉は頭を抱え、目をとじた。
今日の体育の時間。ボール後頭部にくらって、思いっきり倒れて意識失って、目覚めたら声が出なくなっていた・・・。ほいで緊急入院することになって・・・

(シャレになんねえ)

上杉は泣きたくなった。踏んだり蹴ったりとはまさにこういう事を言うのだろう。布団を跳ね除け、立ち上がる。窓の外はもう暗い。


何が起こったのだろう、何があったのだろう。全てが突然過ぎて何もかもがわからない。
誰か理由を説明してほしい。



どうしようもなく、頭をうなだれる上杉の耳に、病室をノックする音が届いた。
「どうぞ」
と言いたくても声がでない。
代わりに上杉は、自分の拳をガンガンと備え付けの棚に打ち付けた。


少し間を置いて、ドアがゆっくりと開く。

そこには、藤堂、稲葉、園村、桐島・・・・そして、

南条の姿があった。
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