上杉は、漠然とあぁ自分は夢を見ているのだろうなぁと思った。

これは夢。目が覚めたら、全て忘れて、真っ白になって、今見た光景は全部嘘で。だから、でも


「なんじょ、その女の人、誰…?」

お願い。こんなタチの悪い夢はやめて。



走馬灯。人はその一生を終える時、頭の中に今までの自分を次々と思いだすという。

上杉は今丁度その走馬灯を見ているような錯覚を覚えた。

初めて会った二年生の春から御互いに好きと言える用になった今現在まで。思えば、長かったようで案外短かったかもしれない。

俺の一生ってこんな感じで幕を閉じるんだな…
と、なんとも物騒な事を考えながら上杉は壁にもたれた。


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上杉が丸々一日、しかも日曜日にオフがもらえるなんて本当に珍しい事だった。日曜は南条の予定も開いている筈、久しぶりに一日中、べったりと南条に甘えられると、上杉は朝、意気揚々と家を出た。

連絡なんてせずにいきなりおしかけてやろう。南条は絶対びっくりするに違いない。びっくりして、見開いた綺麗な目をゆっくりと細めて。南条はきっと俺を抱き締めてくれるから!



ご機嫌な上杉は南条の家に行く前に、手土産を持って行く為一度町へ出た。南条にしては珍しく気にいったと言っていたクッキーを買っていこうと思ったからである。ほんのりとバターの香りが口の中に広がって、値段ははるが味は確かにおいしい。きっと南条はお気に入りのコーヒー豆でおいしいコーヒーを淹れてくれるだろうから。そうしたら二人でコーヒーを飲んでお菓子を食べて…

「やべ。顔にやけてきちった」

幸せってきっと、こういう事を言うのだろうな。なんて。

街の近くまで行くと、上杉は帽子を目深に被りなおし、マフラーを顔の半分以上が隠れるようにくるくると巻き付けた。ポケットに手を突っ込み、店の前に出ようとしたその時。


「ん?」
上杉は、ふと目を細めた。今、人込みの中にちらりと、南条が見えたような気がしたのだ。見間違いかと思って、目をこらしてもう一度よく見てみると。
「やっぱり南条だ!」
横顔を見て上杉は確信した。そしてにっこりと笑う。すっげぇ。これってひょっとして運命かなんかじゃないっすか?流石俺!むしろ流石南条!

自分の職業すら忘れて人一倍大きな声で名前を呼ぼうとした。

そして、上杉の時が止まる。
人込みが分かれて、南条の横にいる人が見えた。

風に、流れるような黒い髪が踊っていた。
軽くてふわふわとした上杉のそれとはまったく反対のような。しっとりと、確かな質量を持って風になびくそれは人目をひくものだった。





上杉の心臓はドクンと跳ね上がった。息が、上手く出来ない。
何これどういう事ちょっと待ってちょっと待って南条それだれよ南条…

上杉は、うるさいくらいドクドクとわめく心臓を抑えられなかった。頭はぐるぐるしてなんだか凄く熱い。頭の芯が、とにかく熱い。手に上手く力が入らない。

そして、南条が黒髪の女性の顔を見て、少し話した後、




少し困ったような顔をして、にっこりと笑った。




その瞬間、上杉の目は、耳は、頭は全てを拒絶し、
「…っあ…」
上手く吸えない息を無理やり吸い込むと、全力でその場から逃げ出した。

全力で走りながら上杉は、自分の心臓が馬鹿みたいに痛むのを自覚した。次々と足を動かしている筈だが走っているという感覚はまるでない。ただ、ひたすら、逃げる。

こんなに胸が痛いのは、本当に久しぶりだった。

上杉は家につくと、乱暴に玄関のドアを閉めた。急いで靴を脱いで、自分の部屋へと走り、部屋につくなりベッドに倒れこんだ。

南条の笑顔だけが、頭に映りこんで離れない。

あの笑顔は、自分がいくつもの痛みと時間をかけてようやく手に入れた物。
わかる。あの笑顔は南条が簡単に人に見せるものではない。上杉が知ってるだけでは、ほんの一握りの人間しかその笑顔を知らないはず。

それなのに。
あんな
笑顔で


「やめて」

誰にいうでもなく、上杉は声をだした。

布団を、力の限り握り締める。


「やめて。笑わ、ないで」

ようやく手に入れた、誰よりも愛しい、その。笑顔。


「わらわ、ないで」


ようやく上杉の瞳から大粒の涙が零れた。後を追うようにぼろぼろぼろぼろ、涙が流れる。



笑顔が、何度も何度もリフレインする。


何を犠牲にしてもいい
何を失ってもいい
だから
どうか、それだけは、



「俺から南条を取らないでぇっ!!」


上杉は、子どものように、声を出して泣いた。





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遠くから、メロディが聞こえる。

上杉は、薄く目を開けた。涙の出しすぎで頭が酷く痛む。だんだん覚醒する意識の中、自分の携帯電話から着信メロディが流れているのだとわかった。
視線は動かさずに上杉はポケットから携帯電話を取り出す。
イルミネーションがちかちかと光り、ディスプレイには「南条圭」の文字があった。
派手にじゃんじゃんと鳴り響く着信メロディに上杉はまた頭痛を覚え、また携帯電話をポケットの中にしまった。


直に着信メロディが止まり、あたりには静寂が訪れた。上杉はいつの間にか本格的に眠ってしまったらしく、窓からはもう光は入ってはきていなかった。

上杉は、ぼーっとしたまま壁を見つめる。

「死のうかな」

ぼそっと。一つ呟いてみる。縁起でもない言葉だが、上杉は頭の中で何を考えるわけでもなくそう呟いた。
南条は既にオレになんの興味も無くなったんだ。
上杉は目を閉じる。

もう死んでもいいや。オレ。だって南条に愛されないオレなんてもう生きてる意味とか無いし。オレ意外の誰かを愛する南条を見るくらいなら。もう何も見えない方がいいや。

呼び鈴が一つなる。
上杉はとても出る気にはならず、目を瞑った。固く。瞑った。

もう一つ。呼び鈴。
出ないってば。早く帰れ。マハジオダインくらわせんぞ・・・

ガチャ


がちゃ?


上杉は目を開き、ゆっくりと上半身を起こした。鍵は確かけた筈。足音はどんどんと迷う事なくこの部屋に近付いてきている。この部屋の鍵を持っていて、こんなにも間違いなくオレの部屋に真っ直ぐこれる人なんて、上杉は一人しか心当たりはなかった。


「上杉」
「なんじょ・・・」

部屋に入ってきたのは間違いなく南条だった。
南条は右手に持っていたカバンをとさ、と床に置いて、上杉の方へと近付いてきた。
上杉は無意識に肩をすくませる。

「ナニ。何の用・・?」
上杉の声は枯れていて、とてもいつもの上杉の声とは思えなかった。南条は、どこか呆れたような顔をしているような気がする。
「何故電話に出なかった?」
南条は静かに、しかし決して優しくはない口調で聞いた。

上杉は何も応えられない。しかし、南条から目を離す事も出来ない。捕らえられて、逃げ出す事も出来ない。
「上杉・・」
南条は、上杉の手前まで来ると、上杉をそっと抱きしめた。酷く、優しく。大きく息を吸い込むと、南条の匂いがした。「これで南条に抱きしめてもらうのは最後なのかな」なんて事がふと頭をよぎる。
上杉は、一度瞬きをしてから、笑った。
「離して」
南条の胸を軽く腕で押してみる。

南条は、それでも抱きしめた腕の力を弱める事はなかった。


「離してよお・・・」


上杉は自分はなんて情けない声を出しているのだろうと思った。
どんどんと頭の中で感情が膨れ上がるのがわかる。

南条の隣にいる黒い髪の女性。それに向かって微笑む南条。

頭の中で、あの笑顔がもう一度リフレインした。

「離して・・!!」

上杉の目からは涙があふれ出た。
上杉は感情の暴走を止めることが出来ず、南条の服を掴み、乱暴にゆすり、叫んだ。

心臓が、痛い。


「離して!オレ以外の誰かを好きになるんなら、離して!!!!じゃなきゃオレの事殺してよ!!!!」



そして上杉は泣き崩れ、その場にうずくまった。




二人の間を、しばしの静寂が訪れる。



幾分かの間を置いて、南条が、ゆっくりと一つため息をつくのがわかった。
上杉は涙を止めることが出来ずに、ただ泣きじゃくるだけである。

「やはりそうだったか・・・」

急に言った南条のセリフに、上杉は目を大きくした。
頭が上手く動かない。南条は今なんと言った?



そして南条は、真っ直ぐに上杉を見据えると、凛とした声で言った。





「どうして俺が桐島と浮気をしなければならないのだ」







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「へ?」




たっぷり30秒、たってから、上杉は南条の顔を見上げた。



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静かな夜のマンションの一室。
南条は上杉を抱きしめたまま、ベッドに座っていた。

結局、街でみかけた女性は桐島だったという事がわかった。
上杉はあまりに拍子抜けして、10分の間腰を抜かしたままだった。


二人は、ぴったりとくっついたまま話をする。


「大体よく見たらわかるだろうが。俺の横にいたのは正真正銘桐島だ」
「だって、だって髪の毛長かったよ!?あれじゃ昔のエリーちゃんじゃん!」
「桐島も大分有名になってきているからな。変装が必要なようだ」
「変装って・・・!!」
「・・・疑うと思った。ほら。良く見てみろ」
「ナニこれ。写メ?」
「お前が疑うだろうと思ってな。撮っておいた」
「・・・・」
「走りだしたお前を偶然桐島が見つけてな。急いで追いかけたんだが・・。流石無駄に素早さだけはある。やはり何か勘違いしていると思った」
「・・・・」
「上杉?」



上杉は、黙って南条の腕に自分の腕を絡ませた。南条の腕に鼻先を摺り寄せて、目を閉じる。
「本当に・・南条がオレから離れてったらどうしようかと思った」
上杉の目にはまた涙が滲む。南条の腕を掴む手が少々震えているようにも感じた。
南条は、また一つため息をついて
上杉の顎をすくい、小さく一つ口付けを落とした。


「馬鹿者。・・・俺をあまり見縊るな」

「・・・・・ごめん」



上杉は、満足そうににっこりと笑うと、今度は自分から南条に唇を寄せた。



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追記。


「ねえ南条」
「なんだ?」
「それはそうとして。どうしてエリーと街に居たの?場合によっては嫉妬の対象ですが!」
「お前は」
「へ?」
「お前は。明日が何の日か忘れたか?」
「・・・・?ん・・?誰かの誕生日でもなんでもないし・・んー?」
「記念日というものに、何を送ればいいのか迷ってな。桐島に助けて貰ったんだ」
「・・・きねんび・・・?」
「ここまで言ってわからないと流石の俺も少し悲しいな」
「・・・・・・・・・・・・あああああ!!!」



静かな夜のマンションの一室。
今日も二人は平和だった。






fin








長い!!長い長い長い!!!

なんかもう手がつけられませんでした。まさかこんなに長くなるとは・・・。思いもよりませんでした。書いているうちにどんどんまとまらなくなってきて。いつの間にかだらだらとこんな長さになってしまいました。



今回はキリ番小説という事で、この小説は20000ヒットを踏んでいただいたあひる様に捧げさせていただきます。キリリク内容は「南条に浮気疑惑」でした。どうですか・・?あんまりラブラブしてなくて申し訳ありません・・・!!生ぬるくて!!!

最初はエリーにももっとでばってもらってスケールのでかい話になる予定だったんですが見事ぽしゃりましたとさ。

キリ踏んでくださったあひる様、ありがとうございました!


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