指
心地よい音。
波が、揺れる。風が、歌う。
そして、君の奏でる。
まな板の音
「ていうかさー何かお前って変なところで不器用なのなー」
甘寧は少し馬鹿にしたような、しかし少し楽しんでいるような口調で、自分の背後にいる陸遜に問いかけた。
「・・悪かったと言っているじゃないですか・・」
「いや、なーんも別に謝るコトなんてねえけどさ」
甘寧は、言いながらクツクツと笑った。
ここは、海の上。視察の為城から離れていた陸遜達は、今、一週間ぶりに都へと戻る所だった。今は辺りを闇が包む夜だが、朝になる頃には目的地へついている事だろう。
自分達の為す仕事も終わり、後は帰路につくだけ、そうなれば自然と肩の力も抜けるというものである。
甘寧は、船の上で過ごす最後の夜に、いつもより少し贅沢な酒を手に陸遜の部屋を訪れたのである。
自分は豪快に酒を飲み、陸遜には少しずつ酒をすすめ。船の揺れも手伝い体が少しばかり熱くなったとくれば。
まあ、大体思いつくコトは一つで。
陸遜がいつもよりほろ酔いしているのを確認した後、甘寧は優しく、しかししっかりと、陸遜の体を抱きしめた。陸遜は大人しく甘寧の腕に収まっている。よし、いい調子だ。
髪を撫でる。耳に触れる。陸遜が、少し動くのがやけに嬉しくておかしい。陸遜の唇が後僅かにまで近付く。陸遜が、目を閉じる。
ぐううぅ
「ぐううう?」
「!!!!!」
良いムードの中いきなり聞こえてきた奇怪な音に、甘寧は思わず自分が耳にしたままの言葉を口に出す。ふと前を見ると、陸遜の顔は赤いやら青いやらよくわからない色をしていて、必死に自分の腹部を押さえている。甘寧はふと思いつき、陸遜の顔を覗き込む。
「え?何?腹減ってんの陸遜」
あまりに簡潔に的を得た答えを出してしまった甘寧に、陸遜は小さくなってしまい、何故だかよくわからない「ごめんなさい」を言ったのだった。
そして、今に至る。
「腹減ってるならなんか食べればいいのに」
「船の上ですよ?何かつまむと言っても・・」
「素材ならあるだろー。魚とか」
陸遜が、少し困ったように言葉につまる。甘寧は刻み終わった材料を、豪快に鍋の中に入れる。少し考えた後、油を入れるのを忘れてしまったらしく、材料の上から堂々と油をかけた。
「料理は、不得手なものですから・・」
陸遜は言葉を捜してようやくぽそりと口に出した。
「え?でもお前、ずっと前魚さばいてたじゃん」
甘寧は記憶を探る。確か、もういつの頃かは思い出せないが、陸遜が皆の前で自分の身長と同じくらいの大きさの魚を実に見事にさばいていたのを思い出した。皆も賞賛していたし、自分も見事なものだと感心した覚えがあるのだが・・。
陸遜は、少しうつむき、小さく笑う。
「切り刻むのは好きなんです」
「へー」
言い知れぬ悪寒を感じて、甘寧は鍋の中を適当にかき混ぜた。
「あ、そういや薬味忘れてた」
甘寧はふと思い立って、ごそごそと傍にあった壷の中を探り出す。中から取り出したのは小さな葉をたくさんつけた枝で、ぶちぶちとそれを適当に2、3枚ちぎる。
陸遜は、それを後ろから見ていた。あんな大きな手で、よくもこんな細かい作業が出来るもんだと感心する。
甘寧は包丁を持って、たんたんとみじん切りをする。
「甘寧殿は凄いですね」
と思わず零した時。
少し、強めの風の音がする。
「どってコトねえよ。こんくらい。ていうかこういうのは幼平のが全然上手い」
「そうなんですか?」
それは、なんというか、正直意外だ。
「アイツさーなんでか知んねえけど大根で花つくれるんだぜ。うすーく剥いたやつをさ、こう花びらみてえに・・・っわ!」
途端、船が勢いよく揺れた。
陸遜は思わずよろめいてしまう。体勢を立て直した後、今日は風が強いんだなあ・・と頭の中で考え、甘寧の方を見やる。と
「か、甘寧殿!」
甘寧の指から、赤い血がどくどくと流れていた。陸遜は慌てて甘寧に駆け寄る。どうやら今の揺れのために手元がすべり、指を切ってしまったらしい。
「切れたな」
甘寧が、間違ってはいないがなんとも間抜けな意見を出す。傷はそんなに浅いものでは無いらしく、血がしたたっては次々と流れ落ちる。
「すぐ、すぐ手当てを・・!」
「良いって」
「しかし、血が・・」
「お前よく戦場で血かぶってんじゃん」
甘寧は特に慌てた様子も無く・・戦場でこれ以上の血をいつも見ているのだから当たり前なのだが。どうやら動揺しているのは陸遜のみであるようだった。陸遜は尚も甘寧の傷を見つめる。心配、してくれているのだろうか。
「舐めときゃ治るって」
甘寧が陸遜を心配させまいとカラっと笑う。と、
陸遜は、ふ、と甘寧の顔を見て、その後、その赤い指を口に含んだ。
「でえええええ!?」
先程とは逆に、甘寧が今度は驚きの声を上げる。陸遜は血の味に少し眉をひそめたが、構わず傷を舐め続ける。陸遜の舌の動きがダイレクトに伝わって、甘寧は慌てた。
「あ、あの、りくそ、お前、っていうか、あの、もう、」
何を言っているのか自分でもわからなくなっていく。ようやく、血が止まって陸遜が傷口から顔を離す。
甘寧は、陸遜の頭をそっと撫でた。
「何で?」
「貴方が、・・舐めれば治ると、言いました」
深く俯いているため、陸遜の表情を読み取る事は出来ないが、きっと照れて顔を赤くしている事だろう。
甘寧は「あんがと」と言って陸遜の顎をすくう。
「貴方が傷を負えば、心配します」
陸遜は、まだ目を逸らしたまま。
なんて可愛い事を言うのだろうと甘寧は小さく笑う。照れて、顔を赤くするくらいならそんな事最初からしなければいいのに。
「だから、ちゃんと・・」
「陸遜」
「え・・」
目があった瞬間には既に口付けされていて、陸遜は、思わず甘寧の胸元あたりの布を掴んだ。甘寧の腕が、腰に回されるのを頭の隅で理解する。
顔が離れると、甘寧は悪戯っぽく笑った。
「まじいー」
「自分の血ですよ」
二人が、自分達の横にある鍋の中で、材料が焦げている事に気づくまで、あと少し。
なんていうか無駄に長くて要点をとらえられねえのが私の小説の弱点だとよく思います。
乙女な陸遜はそんなに好きでは無いのですが、どうにもこうにも乙女になる。アババ。