今日も皆元気です。
=浮気騒動のこと=





朝一番に、甘寧に会った。
廊下で偶然ばったりと顔を合わせた。


その、数時間前、夜中、陸遜の部屋。
陸遜は甘寧を力ずくで部屋から追い出すという事をしていた。

昨日も連日増えていく一方の仕事を片付けるのに寝不足で、それでもって夜は夜で甘寧にせまられて。夜はもう寝かせてくださいと言う陸遜だったが、甘寧はそれでもしつこく陸遜にまとわりつき、ついには無理矢理押し倒そうとしたので、結局陸遜に足蹴にされ、部屋から追い出された。

「一回頭冷やしてきてください!貴方と一緒に寝ると疲れるんですよ!!」

そうして陸遜は情けなく「ちょっ待てっ!」なんて彼を慕う兵達が聞いたら泣いてしまいそうなセリフを吐き、「陸遜」と名を呼ぶ途中に扉を閉められた。


そうして、その数時間後、つまり今だが。陸遜は甘寧と廊下で鉢合わせた。


しかし、いくら昨晩は追い出してしまったとはいえ、陸遜も鬼ではない。反省したのならもうそんなに冷たくあたる事はないと甘寧の顔をチラ、と見た。

目が、パチっと軽く音を立てて合う。

「甘寧殿」と陸遜が言葉を発しようとした時。

スッ・・

え?!

甘寧が陸遜を素通りした。文字通り陸遜の横を陸遜に反応する事なくするりと横を通り抜けて行ったのである。

「か、甘寧殿?」

陸遜が慌てて声をかける。
今まで散々「陸遜陸遜」と昼夜問わず鬱陶しい程に陸遜に近付いてきたあの甘寧が。

「甘寧殿?どうしたのですか?」

陸遜がこわごわと声をかけると、甘寧が、くる、と陸遜を振り返った。

「甘寧ど・・」

しかし、陸遜がその名を呼び終わるより先に、甘寧は、キッ。と陸遜を睨む。
陸遜は、出かけた言葉が途中で止まってしまい、ぱくぱくと口だけ動かした。

そして、次の瞬間、甘寧が陸遜の肩を強く掴む。
陸遜はいきなりの行動に驚き、思わず息を飲む。

甘寧の顔が、近付く。

この感じは・・と思い、陸遜は目を閉じようとした。少ししたら、甘寧の唇の感触が味わえるはずである。

しかし、甘寧は、唇まで後数センチ、という所で、陸遜から顔を離した。

「え・・??」

何が起きているのかわからない陸遜をよそに、甘寧は、くる、と陸遜に背を向けた。
相変わらず、無言のままで。

そして甘寧はスタスタと、陸遜の進行方向とは反対に、歩いていったのである。

「か、甘寧殿・・・?」


一人廊下に残された陸遜は、小さく甘寧の名を呼ぶが、もちろんの事その声が甘寧に届く事は無かった。


陸遜は何を言う事も、何もする事も出来ずにその場に立ち尽くした。




::::::::::



「浮気よ!浮気してるのよ!!」
「違います!たまたまお腹が空いていたとか・・きっとそういう・・」
「ちっがうよー!怒ってるんだよ!陸遜があんまり酷い事するからぁー!!」





部屋の中に、三人の女の声が響いた。

結局その後甘寧を追う事も出来ず、陸遜は半ば呆然としたまま仕事へと向かった。
もちろん仕事等手につくはずも無く、何しろ陸遜も半分抜け殻のようなものだった。

陸遜の様子がおかしいと最初に気づいたのは孫尚香だった。
元々彼は陸遜とはそんなに悪い仲でもない。大事な仲間が落ち込んでいては一大事、と。尚香は陸遜を自室に呼んで話を聞こうとしたわけである。

いざ尚香が話を聞こうとすると、尚香の部屋に大喬小喬姉妹が遊びにやってきてしまった。
陸遜のただならぬ落ち込みぶりに何かを察した二喬もその話に加わり、
あれよあれよと言う間に、陸遜はこの呉の最強とも言える女三人を前に、恋の悩み話を打ち明ける事になってしまったのだ。
そして、陸遜が今日の朝の出来事を話した途端、これだ。


「違うわよ姉さま達!甘寧は絶対浮気してるんだわ!だから陸遜に後ろめたくて素直になれなかったのよ!」
「違うよ違うよー!陸遜がいっつも甘寧の事足蹴にしてたりするからだよー!」
「うーん・・多分寝ぼけてたか何かだと思うんですけど・・・」


三人の女が、陸遜に向かってそれぞれ自分の持論をぶつける。

「え・・・でも・・あの・・・」

当の陸遜は、甘寧に冷たくされてしまったせいで、いつもの勢いがまったくなくなり、しおっとしている。


「陸遜、もうちょっと甘寧に優しくしてあげなきゃ駄目だよー」

小喬が菓子を片手に持ち、ぱたぱたともう片方の手を振る。

「え、しかし・・・」

「確かに、陸遜さんはいつも甘寧さんにとても優しいとは言えない対応をなさっていますよねえ・・」

大喬がお茶をとぽとぽと注ぎながら言う。

「優しくないなんてもんじゃないわよ。こないだだって燃やされてたわ」

尚香はそんな大喬にツッコむように、指を刺しながら厳しい口調で言った。

「あ・・・でも、その。そんな・・」

さっきから陸遜はこの女達に囲まれてロクに発言も出来ないでいる。正確には次から次へと誰かがしゃべりだすので陸遜が話せない。というのが正しいのだが。

「でも」

大喬が口を開いた。

「私達が見る限り、甘寧さんはとても陸遜さんを嫌ったり、浮気をするような感じには見えないけど・・・・」

「お姉ちゃん、あまーーーい!!!」

小喬が椅子から立ち上がり、ビシっとポーズをとる。

「いっくら陸遜の事が好きだって言ったってさあ!限度があるもんだよ!!」

陸遜が、ピクっと身体を揺らす。小喬からジョブが放たれた。

「そうよそうよ大喬姉さま!」

続いて尚香が椅子から立ち上がり、陸遜の肩をがっちり掴む。

「好きな相手にビシバシ蹴られたり燃やされたり、そんなんばっかじゃいっくらず太い甘寧だって凹むわ!」

陸遜がまたもピクっと動く。大分ダメージをくらったようである。

「ナルホド・・」

大喬が、心底哀れそうな目で、陸遜を見つめた。

「陸遜さんに散々酷い事を言われて落ち込んでいる時に誰かに優しくしてもらったら、甘寧さんも浮気心が芽生えてしまうかもしれませんね・・・」


完全にノックアウト。
陸遜は顔面蒼白になりながらカタカタと震え初めていた。



浮気
浮気

浮気うわきウワキ


甘寧殿が。浮気。

そしてその日の夜、陸遜は甘寧の自室に押しかけていた。
陸遜から甘寧の部屋に行くなどまずいつもではありえない事だったが、陸遜はそれ程にまであせっていたと言って良いだろう。
陸遜は、じっと、甘寧を見つめる。

甘寧もそれに応えるように陸遜を見つめた。

しばしの沈黙。

そして、陸遜は、甘寧の目を見つめ、口を開いた。

「私は」

「・・・」

「私は、貴方は私の事を好いてくれているのだと思っていました」


陸遜は甘寧の目に映る自分の姿を見た。なんという情け無い顔をしているのだろうと思う。


「少なくとも、私は貴方のそのような思いを感じ取ったからこそ、いつもそっけない態度でいられたのです」

甘寧の、視線が、痛い。

「私は・・私は・・・!!」

そして、次の瞬間、陸遜は思いっきり甘寧の懐に飛び込んで、力の限り甘寧を抱きしめた。






「りぃくしょぉおお〜〜〜〜〜〜んvvvvv」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


頭上からなんともふにゃけた声が降ってきたので、陸遜は思わず顔をあげる。
するとそこにはその声以上にふにゃけた顔をした甘寧がいた。

「うえへへへへへ」
「なんですかその気持ち悪い笑いは」

思わず突っ込んでしまうと、陸遜は、甘寧がいつもとまったく一緒の表情をしている事に気が付いた。
甘寧はだらけきった顔で陸遜に頬を寄せると、陸遜がした以上に強く抱きしめてくる。

「りくそ〜〜〜ん。どうしたんだよ急にお前そんな照れるじゃねえか陸遜好きだー」
「はい?って、ちょっと、貴方、浮気してたんじゃなかったんですか?」
「は!?陸遜お前浮気してたのか!!誰とだ!!!」
「ああもう人の話を聞いてくださいってば」


かくして、誤解は解かれる事になった。


「虫歯!!!????」
「おう。なんかさー。あの夜部屋に帰ったら急になんか歯が痛くなってさあー。もう痛くて痛くて仕方ないから朝イチで軍医んトコ行ってきたんだよ」
「それって、私と会った後ですか?」
「おう。朝陸遜に会ったから思わずちゅーしそうになったんだけど」
「なったんだけど?何ですか」
「ちゅーしたら虫歯うつるって、昔聞いたからさ」



「ああそうですか。へえ。虫歯。そうですか。だからあんな険しい顔してたんですね」
「痛かったしな」
「心配して損した・・・・」


本当に、どうしようかと思った。
甘寧が自分から離れていってしまったらなんて、考えただけでどうにかなりそうになる。

陸遜は安堵の息をつく。甘寧は不思議そうに首を傾げていた。まったく、この男は陸遜がこの日一日どんな心境で過ごしたか想像もつかないであろう。甘寧は陸遜を抱きしめたまま、ひひひと笑った。


「それにしても、何で浮気なんて言葉が出てくるんだぁ?」
「忘れてください。いいから忘れてください」

陸遜は、今回、少しだけ真面目に怖がってしまったので、その腹いせと言わんばかりに、その腕に渾身の力を込めて甘寧を抱きしめた。

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