手の中で、いつものあの帽子がひらひらと揺れている。

俺はいまいちこの状況に冷静に対処しきれていなかった。朝はいつも通りに軍議して、陸遜の横顔見てなんか馬鹿みたいに決心固めて、どうやら陸遜はこれから公務に励むみたいだから俺はそっと城を抜け出して・・。自分の恋人、もう、今となっては元恋人だけれども。に別れを告げて、一発殴られて、そいで城に戻って、陸遜に早く自分の気持ちを伝えたいと思って。

で、なんで陸遜の帽子がここに落ちてるんだ?

「話が振り出しに戻っちまった」

ぼそっと呟いて、赤い帽子をくるくると指先で遊ばせる。さっぱりわからない。何がどうしてこんなモノがこんな所に?

しばらく俺の頭は何も考える事ができずに、その赤だけを見つめていた。

と。



・ ・・ね・・ど・・・の



「・・・陸遜?」

ふと、風に乗って陸遜の声が聞こえた気がして、俺は後ろを振り返る。しかしそこに陸遜の姿などあるわけもなく。ひらひらと小さく砂埃が舞うだけである。俺は首を傾げてあたりを見回す。
どうして、と聞かれるとそれは答える事はきっと出来ない。でも、確かにその時俺の耳には陸遜の声が聞こえた。俺はきょろきょろと忙しく首を動かすが、もう声は聞こえない。

「・・・!」

突然、心臓の辺りを何か冷たいものが走った気がした。なんて言えばいいかはわからないけど、とにかく、俗に言う「嫌な予感」って奴がした気がする。
帽子を持つ手に軽く汗がにじむ。カタカタと、小さく、震える。
俺っていう人間はいつも頭で何かを考えたり理解する前に大抵体がまずその気配を読み取る。俺は震える手を見つめて、唇を結んだ。地に足をしっかりとくっつけて、どうにか震えを止まらせようとする。嫌な予感がするって、体中が叫んでる。
こういう時の予感が外れる事なんてめったになく。大体良くないことが起こってる場合が殆どだ。汗が一筋、首筋に流れた。

「・・そん。陸遜」

俺は小さく名前を呟いてみる。胸につけた鈴が、頼りなさそうに小さく鳴いた。

「陸遜が、呼んでる」

何も無い空を決心したように睨むと、俺は、街の中をあてもなく走り出した。

とにかく嫌な予感が体の中から消えなかった。俺は街をこれといった目標ももたず走り、怪しそうな空き家や倉庫を片っ端から空ける。扉が開かないところは片っ端から破壊する。
扉を開けて何もない空間を見るたびに、少しの安堵と更なる焦燥が俺を襲った。

よくわかんないけど無事でいてくれ。何が起こってるかわからないけど、陸遜がこの近くにいるなんて保証もどこにも無いけれども、それでも俺はそう願わずにはいられなかった。
時々人が入ってる家の扉を開けたりもしてしまったが、その家の主が声をあげる前に俺は次の家を探した。必死に走って。焦りばかりが大きくなる。

そして、いくつかの角を曲がり、少し走る速度を落としたときに、それは聞こえた。


「かん・・ね・・どの・・・・」


今度は、さっきよりもはっきりと。俺は走るのを止めた。目を閉じて、ゆっくりと陸遜の気配をたどる。そうすると、さっきよりもずっとはっきりと、自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。
落ち着け。落ち着け。
そう自分に暗示をかけて、ゆっくりと。


そして、俺は一直線に、街角にある小さな廃倉庫へと走っていった。


どんどん心拍数があがるのがわかる。少し足がもつれて、かっこ悪くつんのめった。それでも足をより早く動かそうと躍起になる。腕が空をかき回し、騒々しく鈴が鳴る。まるで警鐘をかき鳴らすかのように。
そして、目の前に立ちふさがる扉に俺の全体重をかけてとび蹴りを入れた。


やめてくれ。早くこの胸の痛みを早く誰かどうにかしてくれ頼むから!!!
沸騰しかけている脳みそに、陸遜の声が急に混ざりだす。

『甘寧殿』
俺は、俺はお前に、もう、随分と前から
『止めてくださいよ甘寧殿!!からかってるんでしょう!!』
でも、こんなの全然俺らしくなくて、いつもの俺じゃないから俺も混乱して
『なんですか甘寧殿。またいらしたんですか?』
この感情の名前を知らなくて
『・・・おいしいです。とっても。私のために持ってきてくださったんですか?』
早く言いたかった。どうしても伝えたかった。俺なんかの拙い言葉じゃ、この気持ちの半分も伝える事はできないってわかってるけど。
『甘寧殿。有難うございます』

陸遜、陸遜、お前が好きだって。早く、はやく

『甘寧殿』

好きだって・・・・・・・・・・・・・・・


「陸遜!!!!」

叫んで、乱暴に入った部屋の中。
俺はまず、自分の目に入ってきた景色を現実として受け入れるのに数秒の時間を要した。

その倉庫は、空気がかすんで見える程砂埃が舞っていた。少し前まで激しく乱闘があったかのように。空気はなんだか熱くて、息をするのが一瞬遅れる。そしてそう大して広くない部屋に、たくさんの人間がいる。
その中に陸遜が、いた。
ただし、地面に、その体を押し付けられて、陸遜の周りには、俺よりよっぽどタチの悪そうな男どもが取り巻いて、陸遜の体のあちこちを押さえていた。周りには気絶している男もいた。散らばる剣と、服と、少量の血と、こちらを見ている男どもと、目を閉じている陸遜。その衣服は乱暴に開かれていた。

オイ

なんでだ


どういうことだ




「・・・・ッあああああああああああああああああ!!!」

俺は一吼えすると、手に握り締めていた陸遜の帽子を放した。周りの男達が口々に何かを叫んだが、俺の耳には何も入ってきてはいなかった。
一瞬で刀を抜き取る。男達が陸遜から離れ、それぞれ武器を構えようとする。
俺はそれより早く地を蹴って、

飛び込む。

武器なんか握らせるか。

男のうちの一人の顔が、恐怖に歪む。


そこから先は、もう、あんまり覚えてない。







ふと、気が付くと、辺り一面は赤の海だった。
もう誰のどこの部分だかわからない肉片があたりに飛び散り、俺も陸遜も血を浴びて赤くなっていた。
俺は、部屋の隅で陸遜を抱いている。

ゆさぶっても、軽く叩いてみても目を開けない。
俺は、陸遜を抱く腕に力を込めた。

ああ。初めて陸遜を堂々と抱きしめられるっていうのに。お前はいつもの笑顔で笑ってくれないし。なんか服とかぼろぼろだし。血、ついてるし、怪我してるみてえだし。服全部脱がされてるわけじゃねえから最後まではやられてないってわかったけど、どうしてお前がこんな事になってんだよマジで意味わかんねえよどうしてだよ。俺はこの後城に帰ったらお前に言う事があったんだ。結果はどうなるかはわかんねえけどとにかくお前に言いたい事があって。笑われても、いいから、おれの、きもち、だけ

すっかり汚れてしまった陸遜の顔を、じっと見下ろす。閉じられた瞳、長く流れる睫毛。ほのかに血が滲んでいる、唇。

なあ陸遜。どうしてだよ。


血に濡れた手で、陸遜の頬をそっと撫でて、
ゆっくりと、ゆっくりと俺は陸遜に口付けた。


「血の、味がする」


体の奥が、音を立てて熱くなるのを感じた。









やっべ。予定よりもだいぶ甘寧編が長くなっています・・・!!おわらない!!
そして甘寧がいい感じに壊れてきました。
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