「だーーー!!もう!俺は青くせーガキかっつーーの!!」

そう言って俺は頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
先程からずっと同じところで同じことを考えてる。
どうやったら、この気持ちをアイツに伝えられるか。

真面目に考えるとなんでこんなこっぱずかしい事俺がこんな真剣に考えてるのかまったくわからなくなる。でも、なるべく早くこのモヤモヤをどうにかしたかった。こんなに俺が俺じゃなくなるような感覚は生まれて初めてで、アイツの顔見た瞬間に俺が俺ごと持ってかれるようなそんな感覚。
冷静になって考えれば考えるほど、その次にアイツに会って声を聞くといよいよ自分の中でもどうしたらいいかわからなくなるぐらい嬉しくなって。

気がつけばやっぱりアイツに笑って、じゃれついて。「痛いですよ甘寧殿」なんてアイツが苦笑しながら嬉しそうにしてるのを聞いてそれよりもっと嬉しそうな顔で俺が笑う。



俺がアイツに自分の胸のうちをさらけ出すにあたって、もう一つ気になる事があった。
それは前から子明にもつっこまれてた事なんだけど。
俺は街に行けばそれこそ10歩歩くたびに色んな奴から声をかけられる。前付き合ってた奴。前一度だけ抱いた奴。その男。もろもろ。
やっぱ、好きだとか惚れたんだとか言うんなら、それなりに自分の身の回りは綺麗にしておかなくちゃならないと思った。

「しかし、興覇。お前この前城にまで押しかけてきたあの娘はどうするんだ」

「ん?ああ・・アイツか」

偶然街の中で引っ掛けた、女の事を思い出す。
今思えば、全てが陸遜にそっくりだったような気がする。顔の形やら髪の色、目の色。性格もちょっと意地っぱりで、あんまり素直じゃなくて。
あー。そう考えると、陸遜に似てたから声かけたようなもんだよな、アレは。

そいつもそいつでかなり俺の事気に行ってくれて。結構俺にしちゃあ長い付き合いをしてると思う。身の回りを綺麗にしようと決心した以上アイツにも別れを告げなくちゃならない。

その辺のどうだっていい女なら簡単に捨てる事だってできたのに、

陸遜と似てる、ってだけで、どうしてもそんな事出来なくなってしまうんだ。


「でも、いい加減俺もふらふらしてちゃだめだよな…」

「やっとその気になりおったか。興覇」

俺がソイツに別れを告げる決心をした事を言うと、子明もやっとか、という表情で俺に賛同してくれた。

「だから、日頃から遊ぶのは程々にしておけと言っていただろう?」

日頃遊んでばかりいるからいざ身の回りを綺麗にしようと思った時に苦労するんだ、と子明は言いたいらしい。確かにその通りだと、俺はうなだれる。実際その陸遜に似た女は、俺と結婚をしたいと言っているのだ。その事を子明に相談したこともある。子明は少し笑って俺に酒を注いでくれた。

「明日」

「ん?」

「明日、ケリつけてくる」

子明は少し驚いたような顔をして、俺の方を見た。

「そうか・・明日か。しかし、大丈夫か?明後日は出陣だぞ?」

「簡単な話だ。大丈夫だよ」

それにこういう事は思いついた時に言っておかないと、次にいつ言えるかわかんなくなっちまうからな。思いついたら即、が俺の性格でもあったし。
子明は、酒を一口飲むと小さく笑った。

「結婚・・か。まだまだだと思っていたが・・」

やはりお前にはまだ早かったな、とその後ぼそりと小さく言った。うるせえ、と言ってやりたかったが、それも出来なかった。陸遜に想いを告げると決めた以上、アイツと結婚してやる事も出来ない。

「ハハ。でも、・・俺、始めてなんだ」

「何がだ?」

「はじめてだ。こんなに、他人に本気になったのは」

俺はしみじみと言うと、酒をイッキに煽った。本当によくよく考えると自分はバカな男なんだ。年下のまだ少年と呼んでもいいような男に心底惚れて、骨抜きにされて、せっかくあがってる結婚の話すらふいにしようとしてる。

「しかし、お前がなあ・・まさか・・」

「うるせえ、この前話しただろうが!俺は・・アイツの事、本気で・・」

好きなんだ、と喉まで出掛かっていたところで、急に時は止まった。

「失礼します!!呂蒙殿!いらっしゃいますか!?」

えええええええ!!!???

マジで心臓が止まるかと思った。もうあと2秒それが遅かったら、俺はこの場で告白完了しちまうところだった。俺は驚きを隠せず、思わず酒を落としそうになる。
なんてタイミングでくるんだコイツは!!

「陸遜?」

子明も俺も最初驚いていたが、直ぐに子明は我に帰り、扉を開いた。開かれた扉の向こうには、陸遜がいた。

「あ、書類をお持ちしました!」

とにっこりと笑う。俺は、その笑顔を見るだけで、今は胸が痛かった。

「おおすまんな陸遜。まあ入ってくれ。明後日の話を少ししたいと思っていたんだ。俺の部隊の配置場所について少々変更が・・」


と、子明は部屋の中に陸遜を招いた。相変わらず機転が利くやつだな、と俺は感心しながらも、驚いた心臓を落ち着かせるため、浅く息を吸い込んだ。まだ心臓がばくばくとうるさく音を立てている。

陸遜は、俺の姿を見つけ、「あ、甘寧殿、いらしたのですか?」と言ってくる。俺は、しばらく陸遜を見ていたが、ようやく気持ちを落ち着かせる事が出来て、直ぐにいつものような笑顔を向けた。

「甘寧殿?」

「あ、ああ。陸遜、夜も遅くまで大変だな」

しぼりだした声は、なんとも間抜けなものだった。
俺は、直ぐに陸遜から目を逸らした。


明日。明日全部終わらせて、そしたらお前に俺の気持ちを全部伝えるから。

明日。言うから。

お前が好きだよ。陸遜。








話は簡単に終わった。
俺は街へと抜け出して、その女の家を訪ねた。女はもちろん俺が会いに来てくれたのだと喜び、俺に抱きついてきたが、もちろんそんなわけじゃない。

でも、アイツが陸遜と似た顔で笑うから、これが最後とアイツを抱きしめてやった。


話は簡単に終わった。
婚約破棄の代償は、頬を3回思い切りはたかれただけで終わった。案外、簡単なものだった。
もう二度と私の前に現れないでと言われ、泣かれた時は少し悪いことをしたと思った。


しかしそれだけと言ってしまえばそれだけで、いよいよ俺は周りにそういう人間関係の無い俺になった。物心ついたようになってから常に誰かを傍において遊んではいたが、人間関係をすっぱりと断ち切ってしまうのはこれがはじめてだった。

「陸遜にふられたらどうするつもりだオレ」

そう考えると、不安で仕方がなかった。やっぱり、こんな事言わない方がいいんじゃないかと頭の中がぐるぐるしてくる。
言わずに、そのまま。そうすれば陸遜はいつもみたいに俺の襲撃に困ったような笑顔で「またですか甘寧殿」って笑ってくれるし。もしも失敗したら、もう二度とそんな事できなくなるかもしれねえ。

「うわー。俺、どうすればいいんだ・・・」


俺は思いながら、城へと帰る路を歩く。悩み悩み歩いていたため、自然とうつむくような形になり、地面を睨みつけながら歩いていた。

と。


「ん?」


俺は、不思議なものを見つけた。
俺はそれを拾い上げる。頭の中に疑問符をいっぱいに浮かべて。

どうしてこれがこんな所にあるのかわからない。もの凄く不自然だ。

どうして?


「なんで陸遜の帽子がこんな所に落ちてるんだ?」


風が吹いて、ひらひらと帽子についた飾り布が揺れた。



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