(吐き気が、する)

自分のよりも、大きくて武骨な手が自分の胸の上を乱暴に滑った。
気持ち悪いと思って、思わず身を捩るが、男の体重でそれも満足には敵わない。

陸遜の頭の中は、今この男達をどうやって殺すかで一杯だった。その汚い手で私に触れた罰をいかに与えようか。男の手が陸遜の体を撫でる度に陸遜の心はふつふつと怒りが込み上げた。その間にも、男の指が陸遜の服をのそのそと脱がせていく。時折、下品な笑みを零しながら。

「綺麗な肌だな」

精一杯の皮肉がこもった言い方をする。男の舌がいやらしく赤く光るのが見えた。


綺麗

陸遜の頭の中で、その単語だけがやたらと響いた。

キレイ?


陸遜は、ハッと目を開いた。


『まあ,俺綺麗なのって,大好きだからな』



甘寧の、あのセリフが頭をよぎる。
そうだ。私は。

「綺麗でいなくちゃいけないのに」

小さくつぶやいた言葉は男達には聞こえていなかったらしく、男達は誰が一番だのなんだのと笑いながら話していた。

陸遜は、頭の中が混乱し始めるのを止める事が出来なかった。

綺麗でいる事。それが甘寧が陸遜に望んだ事。綺麗で、純粋で。
甘寧に気に入られている術はそれでしかなくて。
綺麗な自分だから、甘寧は自分を好いていてくれて。
だから、私は、それしか。



こんな所でこんな奴等に汚されたと知れたら、甘寧はどう思うだろう。




汚されるわけにはいかない。


頭の中で結論が出てしまうと、陸遜は急に暴れ出した。いつもの冷静な判断力も消え失せ、早くここから逃げ出したいと、それだけを考えて足を思いきり降った。
鈍い音が、する。

「ってぇ!この…野郎!」

陸遜が力任せに振り上げた足は、見事男の一人に辺り、男は思わず顎を押さえ呻いた。

陸遜は男達がひるむのを見て、足の力だけで反動をつけて立ち上がった。一瞬の出来事だった。その動きはあまりに素早く、男達はその動きを目で追う事すら出来なかっただろう。
一瞬のためらいを置いた後、男の一人が叫んだ。

「コイツ、逃げる気だ!」

「押さえろ!押さえろ!」


陸遜は素早く辺りの景色を確認すると、壁に向かって走り出した。

「馬鹿が!そっちに入口は無いぜ?」

男は腰から刀を抜き取ると、ゆっくりと構えた。陸遜は丸腰で腕を縛られているという事を見ての事だろう。余裕たっぷりに笑っていた。

(そんなの、見たらわかる)

陸遜は、壁に向かって踏み切った。思いきり力をつけて。そして、壁を蹴って、反対側…つまり男達のいる方に飛んだ。

「た、高ぇ!!」

「馬鹿が!所詮人間の飛ぶ高さだ…」


しかし、男の言葉はそこで止まる。陸遜があまりに高く飛んだ事に驚愕し…

「馬鹿馬鹿と…」

そして陸遜は、男目掛けて落下して行った。

「いい気にならないで下さいよ!」



悲鳴と、鈍い音と共に、男が一人、倒れた。


後ろ手を縛られたままの陸遜は多少ふらつきながら、それでも軽い音で着地する。


「…の野郎!」

すっかり逆上した男達が、陸遜を睨み付ける。


(汚されるわけにはいかない…)


「殺さなければいい。押さえつけろ!」


(甘寧殿に、嫌われるわけにはいかない!!!)


陸遜に向かって、一度に2本の刀が襲いかかってきた。陸遜はそれを寸での所でかわすと、刀を振りかぶった男の鳩尾に思い切り自分の膝を沈めた。

「・・・っは・・・」


鳩尾に陸遜の体重を思い切りかけられた男は耐えられず、その場に崩れ落ちた。

(あと・・二人)

微妙に乱れ始めてきた息を整えて、陸遜は半数にまで減った男を視界の中に収める。

(なんとかして、逃げる。でなければ)


「この・・・クソガキ!!!」

「なめるなああ!!!」

すっかりと逆上した男たちが陸遜に突進してくる。血が上った人間ほど扱いやすいものはない。陸遜は短く息を吐くと、軽い動きで攻撃を次々と避け続けた。

「全然・・駄目ですね」

陸遜は、口の端をあげて皮肉をこめて笑った。

「そんな動きで、この陸伯言を止められるとお思いですか!?」


パシ。と軽い音がする。
陸遜は足で大きな円を描くように男の持つ刀の柄を蹴り上げた。男の短い悲鳴と共に、刀は地へと落ちる。

男が落ちた刀に目を奪われた瞬間、陸遜と男の間合いは無くなっていた。

ぐしゃ、と一瞬何の男かわからない音がしたが、少しの静寂をおいて、男が後ろ向きにゆっくりと倒れた。足を上げたままの格好で、陸遜は最後の一人の顔を睨みつける。

「・・・・靴に、血が、ついてしまいました」

口だけで、笑った。

「汚いですね」

「・・・・この・・・!!!」

男は、刀を思い切り陸遜に投げつけるが、当然そんなものをマトモに受けるはずもなく。陸遜はその男と対峙した。陸遜の瞳がギラリと光る。

「これで・・・」


終わりです。






しかし、振り上げようとしたその足は、何者かの手によって、引きずられた。

「!!???」

バランスを崩した陸遜はそのまま地面へと倒れてしまう。
目だけで後ろを見ると、先程気絶した男が既に意識を回復させ、陸遜の足首をがっちりと掴んでいた。

「・・・好き勝手やってくれるじゃねえか。軍師さんよ?」

陸遜の蹴りをその顔に受けた男は無様に鼻血を流していて、その怒りは手に取るようにわかった。

「・・・く・・っ」

陸遜はどうにかして動こうとするが、手も縛られていて、足をもつかまれていては今度こそ身動きは取れない。

「ったく。舐めてくれやがって!!」

最後の一人になっていた男が、陸遜の身体を素早く仰向けにさせると、その上に馬乗りになった。

「まったく。これを使うのはもう少し後にしようと思ってたんだけどな」

男が、腰の辺りの布袋から、薄汚い手ぬぐいと小瓶を取り出す。小瓶の蓋を口で開けると、手ぬぐいに小瓶の中に入っていた液体をびしゃびしゃとかけた。

陸遜が、何をするんだろうかと思った次の瞬間には、その布は、陸遜の口と鼻とを覆っていた。



「ん・・・っ!!??」

陸遜は驚いて、必死になって顔を振るも、がっちりと押さえ込まれていてその布を外す事は出来ない。

そして、陸遜が口に布を当てられてもがいている間に、陸遜の服は無理やりに剥がされ、陸遜の肌がまたも男達の前に露わになった。


(いやだ!!!)

男が陸遜に触れる度に、陸遜の目に、涙が滲む。苦しくて空気をもとめて喘ぐと、布からなんともいえない薬の匂いがした。

男の手が、陸遜の腹を撫でる。もう一人の男が、足を、執拗に触る。

(いやだ、いやだ!!!!!)

次第に薄れていく意識の中で、陸遜の頭に最後に、浮かんだのは、

やはり、あの笑顔だった。


(甘寧・・・・殿・・・・・)


陸遜の胸に、男の息がかかる。
それを感じた後、陸遜は意識を手放した。涙を幾筋も流しながら。声にならない声で、愛しい者の名前を呼んで。


(甘寧殿、甘寧殿)


(甘寧殿、・・・・私が、汚されてしまったら。)


(やはり、私は、貴方の傍にいる資格すら無くなってしまうのでしょうか)














そして、暫くの時の後、陸遜は目を覚ます。

意識を取り戻した陸遜は一瞬自分がどこにいるのかわからなかったが、直ぐに自分がいる場所を理解した。この景色。この匂い。思い当たる場所は一つしかなかった。

そして、混乱した。


そこは、自分が意識を失う直前に、最後にその名を呼んだ者の部屋だったから。








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