そう。夢とは、儚い、物。


例え貴方が私を想う事など無くても、私が貴方を想うから、


だから、今日も貴方は私の部屋に来て、笑顔をばらまいて去って行く。

貴方が去った後の私の部屋は妙に静かで広くて想わず泣きそうになってしまうけれど



でも
貴方が望む事だから。


いつも、貴方が望む私でいたい。


『まあ,俺綺麗なのって,大好きだからな』


ええ。貴方の、望む私でいたい。




華一片 七
槿花の見た夢





陸遜は、仕事で必要な書類を持って呂蒙の部屋へと向かっていた。

両の手だけでは少し運ぶのが大変なその竹簡の山は、時々カラカラ音を立てて、まるで苦労して運んでいる陸遜を馬鹿にしているかのようだった。何度もその荷物を抱え直しては、陸遜はよたよたと進む。


辺りは夜。と言ってもまだ城は寝静まってはおらず、わいわいと騒がしい声がどこかから聞こえてきたりもする。陸遜はそんな声を横につってしまいそうな腕に何とか力を入れた。



ようやく呂蒙の部屋の前につくと、陸遜は、自分の手は塞がっていて扉が開けられない事に気付いた。このまま突っ立っているわけにもいかないので、中にいる呂蒙を呼ぼうと陸遜が声をかけようとする、


と。



「でも、いい加減俺もふらふらしてちゃだめだよな…」

「やっとその気になりおったか。興覇」



うっわ、どっかで見た展開だ!


陸遜は、軽い頭痛を覚えた。

どうしてこうも自分はタイミングというものを掴めないのだろう。と陸遜は思う。
なんか前にもこうやって聞いてはいけない話を聞いて一人で落ち込んだんですよね私。
部屋に来る度にこんな重要な話聞いてしまえるなら私軍師よりよっぽどむいてる仕事があるんじゃないでしょうか、等と馬鹿けた事すら考えてしまう。


部屋の中から聞こえてくるのはいうまでも無く、甘寧と呂蒙の物であった。


それでも思わず聞き耳を立ててしまった自分に、陸遜は嫌気がさす。人間の悲しい性だったのかもしれないけれども。

「だから、日頃から遊ぶのは程々にしておけと言っていただろう?」

扉の向こうから、説教めいた呂蒙の言葉が低く響いてくる。

「明日」

「ん?」

「明日、ケリつけてくる」


甘寧の言葉が、とぎれとぎれに陸遜へと入って来た。
時々、カチャリカチャリと酒を注ぐ音も交じり合って、その陶器が触れる音すら今の陸遜の心臓を傷める要因となった。しかし、陸遜はどうする事も出来ないままそこに立ち尽くすままである。

「そうか・・明日か。しかし、大丈夫か?明後日は出陣だぞ?」

「簡単な話だ。大丈夫だよ」


陸遜は、ちくりちくりと心臓が痛くなるのを感じた。話を聞いていて、筋が読めない程馬鹿ではない。甘寧の声はいつもよりもとても落ち着いているもので、ひょっとしたら、こんな甘寧の声を聞くのは、陸遜は初めてかもしれなかった。
そして、聞きたくなかった結論を陸遜は耳にした。



「結婚・・か。まだまだだと思っていたが・・」

「ハハ。でも、・・俺、始めてなんだ」

「何がだ?」

「はじめてだ。こんなに、他人に本気になったのは」




簡単な連想ゲームだった。言葉と言葉はつなぎ合わせれば簡単に結論になる。

結婚。ですか。

陸遜はまるでそれがどうでも良い事かのように、頭のどこかで静かに考えた。

あの、甘寧将軍が、結婚。

陸遜の頭の中では、どうしてもその結婚と言う言葉と甘寧という人物は真っ直ぐに繋がらなかった。あの甘寧が一人の女と落ち着くだなんてあまり想像できない事だったのだ。

「しかし、お前がなあ・・まさか・・」

「うるせえ、この前話しただろうが」

また、カチャリという音がした。陸遜は、麻痺している自分の腕が、少しだけ震えている事に気が付く。
目を、しっかりと開く。大丈夫。まだ涙は滲んでこない。
カラカラに乾いた唇を、しっかりと噛み締めた。


結婚、したら。
甘寧殿は今までのように私の部屋に来てくれる事はなくなってしまうだろうか。
大丈夫だろうか。でも、甘寧殿は私をそういう目で見ているわけではないのだから・・・きっと。
何を悲しむ事があるのだろうか。自分は甘寧と結婚なんてどんな奇跡が起こっても出来ない事なんだ。何を悲しむ事があるのだろうか?

・・・相手はどんな人なんだろう。
やっぱり、

綺麗な人なのかな。


「俺は・・アイツの事、本気で・・


「失礼します!!呂蒙殿!いらっしゃいますか!?」


最後に聞こえかけた言葉は、簡単に想像がつくものだったけれども、どうしてもその先は、どうしても聞きたくなかった。聞いてしまったら、もう二度と甘寧の顔が見られないと思った。もう、二度と、甘寧の前で笑えないと思った。今度は、この前の夜のように逃げ出す事はなかったけれども、それでもやはり聞きたくないものは聞きたくないのだ。
だから、隠していた気配を一気に開放して、出来る限り大きな声を出して、
その言葉が、耳に入らないように、自らかき消した。


「陸遜?」

直ぐに、呂蒙の声がして扉は開かれた。陸遜はとても上手な演技をしたと自分でも思った。
さも今部屋の前についたかのように、「あ、書類をお持ちしました!」とにっこりと笑う。

「おおすまんな陸遜。まあ入ってくれ。明後日の話を少ししたいと思っていたんだ。俺の部隊の配置場所について少々変更が・・」


と、呂蒙は部屋の中に陸遜を招いた。陸遜は、呂蒙の背中の向こうに甘寧の姿を見つけ、「あ、甘寧殿、いらしたのですか?」とごく自然に聞く。甘寧は、驚いたように陸遜を見ていたが、直ぐにいつものような笑顔を向けた。

「甘寧殿?」

「あ、ああ。陸遜、夜も遅くまで大変だな」


しかし彼が逸らした視線の先を追えない自分に、陸遜は悲しくなった。




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翌朝、軍議が終わった後、陸遜は甘寧の姿を見た。甘寧は城外へと出る門の方へと向かっている様子だった。小さな布袋を、腰から下げている。

明日は小規模ではあるが、戦闘作戦を実行する日である。もちろん甘寧が率いる部隊も作戦に組み込まれているわけで。そんな日の前日の軍議にすら参加しないで町へ繰り出すなど、随分と余裕だなと思った。まあ今ここで陸遜が引き止めなくてもどうせ後から呂蒙に咎められるのは目に見えている・・。放っておいても明日の作戦には支障はないだろう、が。


『明日、ケリつけてくる』


甘寧の言葉が、ふと陸遜の頭をよぎった。明日、ケリをつけてくる。陸遜は、唇だけを動かしてその言葉を反芻する。
という事は、これから行く先は・・・

「甘寧殿の、結婚相手・・・」


どうなるかはわかっていたはずである。きっとその相手を見てしまったら陸遜はどうしようもなく後悔するのであろうし、それでも諦めきれない想いに涙を零すのかもしれない

わかっていたのに、陸遜は、気が付くと甘寧の後を追っていた。






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