その,夜の事だった。

「今日の飯も旨かったよなあ大喬!」
「そうですね孫策さま」

廊下を歩いていた陸遜の耳に,聞きなれた声が,二つ,耳に届いてきた。
陸遜は,別に立ち聞きをするつもりではなかったのだが,なんとなく部屋から漏れてくる会話に耳を済ませてしまう。扉の向こうから、楽しそうな孫策と大喬の声が聞こえていた。

「それにしても良くお食べになりましたよね」
「違ぇーよ。お前が食わなさすぎなんだぜ,大喬」

時々会話の合間合間にふわふわと笑い声が漂う。
している会話はなんでもない普通の会話なのに,どこか幸せそうな,そんな雰囲気を感じ取れてしまう。

「桃,おいしかったですよね」
「ああ。思わず3個も食っちまったぜ」

ぎゃはは。と楽しそうな孫策の声が聞こえる。
会話を聞き取りながら陸遜は,ああ,この方の声は少し甘寧殿の笑い方に似ているな,と思ってしまう。決してきれいな笑い方ではないけれど,聞いているこっちまで楽しくなってしまうような,そんな笑い声。

そして,昼間甘寧にもらった桃の事を思い出す。仕事が終わってから食べてみたけれど,凄く甘くて,とてもおいしかった。

「もう,孫策さまったら。お腹を壊しても知りませんよ」
「ハハ。そしたら大喬が看病してくれるんだろー?」

部屋の横を通り過ぎながら,陸遜は思わず笑みを零した。
なんて,この二人は幸せそうなんだろうと。
口に出しているわけでは無いが,お互いがお互いの事を想っているのが本当に良くわかる。支えあって,かばいあって,
微笑みあいながら。




気が付くと,陸遜の足は自室ではなく違う所に向かっていた。
ああ,この先,もう少し歩いて左に曲がったら彼の部屋がある。いつも彼からしか尋ねてはこないから,きっと急に陸遜が現れたら驚く事であろう。

陸遜は,甘寧の驚いた顔が純粋に見たくなり,面白半分で甘寧の部屋へと向かっていた。
急にどうしたんだろうと聞かれたら何と答える事にしよう。
急にあなたの顔が見たくなったんですなんて言えるわけはない。
仕事のついでに,寄ったんです。ああ,そう言えば桃のお礼をまだ言っていないから,それでいい。

甘寧殿,今日は桃をありがとうございました。とても,甘くておいしかったです。

陸遜は,頭の中で言うべき事を簡単に整理すると,ふと我に返った。

自分という人間は,思っている以上に馬鹿だなあ・・と,急に冷静にそう思った。



甘寧という人が自分を弟のように可愛がってくれて,
最初はなんて失礼な人間だと思っていたけれども,その笑顔と声がとても眩しくて,
ちょくちょく部屋に来てくれるようになって,それが何故だか嫌じゃなくて,嫌じゃなくて・・・・嬉しくて。

気が付いたら・・・こんなにも。


そこまで考えて陸遜はぶるぶると頭を振った。何を考えているのだろう。
気が付けば甘寧の部屋は目の前にあった。
とにかく何が何だっていいじゃないか。とりあえず今日の桃のお礼を言おう。それだけでいいじゃないか。


そして,陸遜はその部屋の扉に,手をかけようとした。


「うわー,やりますね将軍!!!」
「いやいや大した事ねえって!!」

部屋から,自分の知らない人の声が複数と,甘寧の声,そして,あの笑い声が聞こえる。

陸遜はその声に驚いてしまい,扉に触れかけた手を勢いよく離す。そして,一歩後ろに引いた後,それから扉をあけられずにいた。甘寧は,多分,彼を慕っている兵卒の誰かと・・酒を楽しく飲んでいるらしい。陸遜はその扉に近づく事もできず,かと言って離れる事もできず,その場に立ち尽くす事になってしまった。


「でも,かなり可愛いですよね,俺,羨ましいです」
「いいよなー甘将軍は。何もしなくたって女の方から寄ってくるんだから」
「ちょっとこっちにもよこしてくださいよー」


次々に溢れてくる会話に,陸遜は,口を結んだ。何を話しているかは大体想像がつく。想像がつくから,どうしたらいいのかわからなくなる。
下品な,笑い声。

「バーカ。お前らだって遊んでるんじゃねえか」
「将軍程ではありません!!」
「うーわ。失礼だな。この野郎!!おら!!」
「痛いです!!将軍!!いってえーー!!!」


もう,一歩,下がる。聞きたくない。どうしてかはわからない。でもこんな話は聞きたくない。陸遜は目を閉じたくなるのを我慢した。逃げ出したいのに,足が言う事を聞かない。こんな所には居たくない。こんな話は聞きたくない。

「でも,甘将軍にはいつも美人ばっかり集まるから不思議ですよねー」
「不思議ってどういう事だコラ」
「だって,なあー?」
「まあ,俺綺麗なのって,大好きだからな」
「ですよね,似合わない」
「ああん?また鉄拳くらいたいか」
「わはは!!勘弁してくださいよ!!」
「ったくよー」
「この前の女も美人でしたよね。そう言えばアレどうなったんですか?」
「んあ?捨てたよ」
「かー!!これだもん!羨ましいったら!!」


陸遜の指が,ピクリと動いた。こく,と小さく息を呑む。
噂には聞いていた事だけれども,だから予想も出来ていたことだけれども。
それでも,こんなのは。



耳を塞ぎたいけれども,腕が上手に動かせない。




「なんか美人が寄って来る匂いとかあるんでしょうかねえー」
「ぎゃはは,なんだそれ」
「いや、将軍の事だからあるかもしんねえぞ」
「いいなあ将軍」
「綺麗っていえば」
「ん?」
「最近将軍が可愛がってる」
「ああ・・あれか」
「ん?何?俺が可愛がってる?」
「ほら、いるじゃないですか」


「陸遜とか言う軍師・・・」







次の瞬間,陸遜は走り出した。


気配も消さずに走り出したからもしかしたら扉の前に居たことがバレたかもしれない。
それでも,そんな事はどうでもよかった。上手く動かない足をそれでもなんとかバラバラに動かして,陸遜は走った。
途中で誰かに何回かぶつかったような気もするが,そんな事はちっとも頭に入ってきやしなかった。とにかく、陸遜は出来るだけ早く走った。一刻も早く、あの場所から可能な限り遠くへ行きたかった。



大急ぎで自分の部屋に飛び込む。大きな音を立てて,いつも甘寧がそうするように扉を開けて,閉める。


自分の部屋は静かで,暗くて。
だから余計にあの言葉が繰り返し繰り返し聞こえてくるようだった。


陸遜は,耳に聞こえてくるわけではないのに耳を塞いで,目に見えるわけではないのに目をぎゅっと閉じた。

でも


目を硬く閉じても,あの笑顔が見えるようで。
耳を塞いでも,あの笑い声が聞こえてくるようで。




『お前、笑ったら絶対綺麗だろうな』

ぼろ、と陸遜の目から大粒の涙が零れた。
陸遜は自分が涙を流した事に驚き、慌てて手の甲で乱暴に拭う。

『上等だぜ』

しかし、拭っても拭っても涙は留まる事を知らず、陸遜は扉を背にして、ぎゅっと唇をかみ締めた。痛いくらいにかみ締めた。


『俺はお前と狩りに行きたいんだけど』

手を、ぎゅっと握り締めて。なんとかこらえようとするけれども、零れてしまったものは落ちるしかなくて、陸遜は握った拳で扉を叩いた。


『お前って、何かすっげー可愛いな!!!』

扉をガンガンと二回叩いて、陸遜はがくんと膝を折った。ずるりと崩れ落ちて、床に座りこむ。


『へっへ。楽しみだな!』


首が、胸元が、冷たい。
涙は幾筋も流れて、陸遜を濡らしていく。

「好きです」

ぼそりと呟いた。無心で、呟いた。

「好きです」

もう一度、呟く。

ぽたぽたと、陸遜は涙を零す。言葉に出来ない気持ちは、全部涙になって溢れていく。


「好きです・・・甘寧殿」


それでも彼はそう呟いた。
決して、届かないとはわかっていても。






どんどん泥沼になってまいりましたねえ・・。(他人事のように)
それにしても甘寧のセリフを集めているときは自分で恥ずかしくなりました。
なんだこれ。どこかのネオロマンスゲームのようだ・・・・。




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