自分の中にいつの間にか存在していて、知らない間にどんどんどんどん大きくなって。
気がついた時には取り返しのつかない事になってる。



そんなの、いつもでしょ?






華一片 五
好きだと三回呟いてみる






いつからだろう
いつからだろう


遠くから近付いてくる鈴の音に思わず笑みが零れて、壊れるんじゃないかと思うくらいに乱暴に扉が開かれるのを楽しみにして、
あの笑顔と、声を待つようになったのは。


チリンチリンチリン
ドタドタドタドタ

バタン!!!


「陸遜ー!いるかー!?」

いつも通りの音と声を背に浴びて、陸遜はにやけてしまった口を元に戻した。

「何の用ですか?」

出来る限りにそっけない声で言う。まだ、甘寧の方には振り向かない。

「何だよつれねぇなぁー」

言いながら甘寧はまだ振り向いてもくれない陸遜に近付き、ひょい、と顔を後ろから覗きこんだ。目が合うと、甘寧は何だか拗ねたような顔をしている。

ああ、彼のこの子供みたいな表情が、なんだか好きだ。
陸遜はそう思ってから、何を考えているんだ自分は、と甘寧から目をそらした。


近頃、どうも自分はおかしい。

甘寧が笑うと、
話すと、
自分の名を呼んでくれると、とても嬉しい。


陸遜は今まで愛だの恋だの、そういった事にまったくもって縁が無かった。17という年齢を考えれば不思議な事かもしれないが、世は乱世。今までそんな事を考える余裕なで彼には無かった。
だから、陸遜は自分の中にある感情を何と呼べば言いのか、まだ知らない。

ただ、理由も無く、彼が自分に微笑んでくれると、とても嬉しくなって、

少しだけ、心臓が痛い。


「なあ陸遜。桃持ってきたぞ。桃!」

そして、甘寧は何故かはしらないが、自分の事をよく構ってくれる。
自分は話相手にはつまらないと思うし、何故自分をこんなに構ってくれるかはわからないが、甘寧はことあるごとに陸遜を尋ね、やれ珍しい酒が手に入っただのやれ向こうで兵同士が喧嘩してるだの、陸遜に話を持ってきてくるのだ。

呂蒙曰く、「弟でも出来たつもりだったんだろう」との事だが、

弟だろうがなんだろうが構わない。

甘寧は、今日もこうやって自分を尋ねてくれるのだ。

陸遜がようやく甘寧と視線をあわせると、甘寧はにかっと笑って桃を差し出した。

「…ありがとうございます。後で頂きますね」

陸遜は少しだけ微笑んだ。甘寧は「甘くて上手いぜー」と嬉しそうに笑って、陸遜の頭をぐしゃりと撫でた。

陸遜は、何故だかどうしようもなく嬉しくなってしまい、顔がみるみる赤く染まっていくのを止められない。

どうしてだろう。
本当に、近頃の自分は本当におかしい。

「桃、嫌いか?」

黙ってしまった自分を疑問に思ったのか、甘寧が陸遜の顔を覗き込み、心配そうに聞いてくる。

「いえ、甘いものは嫌いじゃありません。寧ろ好きです」

「そっか。良かった」

甘寧はそうやってまたいつものように笑った。陸遜はその笑顔を見て、つられて少し笑ってしまう。

「っと、やべ。戻らないとまた子明に怒られる」
甘寧は思い出したようにそう言うと、両手に抱えた桃を陸遜の机に起き、またばたばたと扉の方へと移動した。

「んじゃあな、陸遜!」

嵐のように訪れて
嵐のように去って行く


また、鈴の音が遠のいて行く。

ふと、甘寧が置いていった桃を手にとる。とても甘そうな、良い匂いがした。

陸遜はしばしその桃を見つめる。
先程の甘寧との会話を頭の中で思い出してみる。

『寧ろ、好きです』


「好き」

陸遜は、桃を見つめて、そう呟いてみた。

「好き」

もう一度、呟く。

甘寧の笑顔が頭をよぎる。

ああ。

ああ、そうなのか。

陸遜は、ようやく、理解した。

どうしようもなく難しくて解けなかった問題がやっと今答えに繋がるような、そんな感じがする。

私は。この感情の名前を、ようやく、見つけ出した。


「好き」


桃の香りがふわりと広がり、陸遜を包みこむ。

目を閉じると、いとも簡単に甘寧の笑顔が思い出せた。




(続)
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