見つけたくなかった。見つかりたくなかった。
ずっと、隠しておいたなら。ずっと隠れていられたなら。
でも、どんなに上手に隠れても



華一片 三
かくれんぼ



「りーぃくーぅそん」
声に気づいて、筆を動かす手を休めて顔をあげる。すると、開け放しにしておいた扉から、ひょこりとあの顔が見えた。
陸遜は、筆をおいていつもの笑顔で応えた。

「甘将軍。どう致しました?」

甘寧がヘヘ、と笑いながら部屋の中に入ってくる。
陸遜は、この人はいつも嬉しそうだなあと思っていた。この人の笑顔は、まるで太陽みたいで。明るくて、皆が寄ってくる。そんな笑顔を眩しいなあとも思いながら陸遜は甘寧を見つめた。

「あのさ、陸遜、仕事忙しい?」

唐突に自分の仕事の進行状況を聞かれてしまい、陸遜は少し考える。正直に自分の仕事が後どれだけ残っているかとか考える前に、何故そんな事を聞くのだろうとか、そんな事を考えてしまう。

「そうですねえ・・・。この間まで溜まっていたのですが、今夜中には仕上がる、と言った所でしょうか」

それを聞くや否や、甘寧は「あのよ」と言葉を続ける。果たして自分の返した言葉が意味を持つものになっていたのかどうか陸遜は疑問に思ったが、甘寧はにっこりと笑いながら話す。

「あのさ、明日、狩りいかね?」

「はい?」

いきなりの誘いの言葉に思いっきり陸遜は間抜けな言葉で聞き返してしまった。
だって、自分と甘寧とはつい一、二ヶ月前に出会ったばかりで。自分とは根本的に為すべき仕事が違うから仕事中でもそんなに一緒にいるような間柄でもない。そんな甘寧が、自分と、狩り?

陸遜は、自分が甘寧の言葉を文字通り捉えたのがいけなかったのかと思い、聞いてみる。

「あの、甘将軍」
「なんだ?」
「あの・・それは、私と一緒に狩りに行くという意味でしょうか」

言うと、甘寧はこれ以上ないくらいに間抜けな顔をした。あまりにいつもの顔とは違うので、陸遜は思わず噴出しそうになるのをこらえる。
いくら甘将軍でも、顔が面白かったと笑うのは失礼に当たるだろうから(もっとも顔に関して言えば陸遜は初対面の時にそれの数倍失礼な発言を甘寧にされたわけだが)

「当たり前じゃん。ていうかそれ意外に何か意味あるか?」

あっけらかんと甘寧が言い放つ。陸遜は不思議そうに首を傾げる。

「という事は・・えっと・・あ、呂蒙殿に私も連れて行けとでも言われたのでしょうか。それでしたらお構いなく。私は・・」

「へ?何言ってんのお前」

甘寧は眉をひそめつつ陸遜の言葉を一蹴した。

「何で呂蒙が出てくんだあ?」

何で・・と聞かれても。呂蒙殿は自分の事をとても気にかけてくださっているから。としか言いようがない。

はっきり言うと、この城の中に陸遜の友達はいない。
もちろん、戦をやる為に来ているのだから友達と呼ぶような人間は必要無いと言ってしまえばもちろんまったく無いわけであるが。陸遜はまだこの城の中にいる人間を良く知らないし、回りの自分より年上の人間達は、大抵陸遜の事を気に入っていない。もっとも、
人を見かけや年齢で判断する連中に好かれようとは思っていないが。
呂蒙はそんな自分の事を少なからず心配してくれているようだった。自分も仕事が忙しいだろうに、暇を見つけては酒瓶を片手に陸遜の部屋を訪れてくれる。
陸遜も人の子であるし、やはりまだ子供である。構ってもらうのは嬉しい。
だから、今も、親しい人間がいない陸遜を思って、呂蒙が人を派遣した、と考えたのである。甘寧ならきっとその役目を十分に果たすだろうし。

しかしどうやらその考えも間違っているらしい。

「俺はお前と狩りに行きたいんだけど」

陸遜は、今度こそ驚いてしまった。思わず間髪入れずに「私とですか!?」と聞き返してしまう。
甘寧は
「だからさっきからそう言ってるじゃん」
と口を尖らせる。


「つーわけで、明日な。忘れんなよ。朝はえーからな」

「え、あの、ちょ。甘・・・」


陸遜が返事をする隙も与えずに、甘寧は騒々しく部屋から出ていってしまった。足音と共に鈴の音が聞こえる。なんとも、強引すぎる・・

「私にどうしろって言うんですか・・」

陸遜は一人残った部屋で、ぽつんと零した。



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「ハハ。それは陸遜、お前が興覇に気に入られたと言う事だ」

「はぁ・・」

陸遜は今、呂蒙の部屋で資料の受け取り確認をしている。小さく音を立てながら竹簡をくるくると巻いて傍に置く。
仕事で呂蒙の部屋に来たついでに、今日起こった事を報告しているのである。
呂蒙は笑いながら筆を持つ。
「気にせんでもいい。アイツは気性は荒いし雑で頭も悪いが器量は良い」
器量がいいとか悪いとかの問題では無くて。
「それにしてもなあ・・興覇が・・お前となあ・・」
呂蒙は小さく笑いながら筆を運ぶ。

「弟でも出来たつもりになったのか?」
「おとうと・・ですか・・」

そうか。確かに言われてみれば甘寧という人間はいかにも兄貴という感じがする。実際、彼を慕っている兵は何人もいると聞いた事がある。
そうか。自分も年が若くて頼りなさげに見えたから、彼の中の面倒見が良い部分が陸遜を放っておかなかったのだろう。そう考えると合点もいく。

「まあ、あいつと一緒に明日一日くらい遊んでくるといい。ちょうど仕事も一段落ついたからな」

呂蒙は筆を置くと、大きく伸びをした。
陸遜は、てきぱきと資料を片付けると早々に呂蒙の部屋を後にする。

廊下を歩きながらずっと甘寧の事を考えていた。狩りなんて行くのは久しぶりだ。
彼は・・自分にどんな話をしてくれるのだろうか。


甘寧と、二人で、狩り。
なんとも変な展開になったものだと陸遜は思った。




月は、雲に隠れていた。
雲の中から月が現れるのは。
そう、時間の問題。
今はまだ。何も見えないけれど。




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