その姿はまるで
赤い鳥が舞うようで


甘寧は、自分の目が、おかしくなったのかと思った。もしくは、自分の目は、見えるはずのない幻を見ているのかと思った。
敵が一気に間合いを詰めてきた、その瞬間陸遜は甘寧の目の前から姿を消した。
何が起こったかわからないでいると、次の瞬間陸遜は先程まで立っていた所とはまったく別の位置に居た。しっかりと、その両手に携えた双剣を血に塗らして。
呆気にとられていた甘寧は一瞬動くのが遅れ、敵の攻撃を慌てて避ける事になる。甘寧はその大剣で敵を斬りながらも陸遜の姿を追った。いや、正確に言うと追おうとしていた。
甘寧は目の悪い人間ではない。寧ろ動体視力に関して言えば、彼の隣に立てる者はそうそういないであろう。
その甘寧が、動きについていけない。赤い影が動いたかと思うと次の瞬間には断末魔が聞こえてくる。常に確認できるのはその赤い影だけで。本当にまるで赤い鳥が舞っているかのようだった。


そして、辺りが静まりかえるのにはそんなに時間はかからなかった。


気が付くと、この付近で立っているのは甘寧と陸遜の二人の武将のみとなった。
陸遜の足下には無数の死体が転がっている。彼は甘寧に背を向けているので表情は汲み取れなったが、俯いているのだな、という事は理解出来た。

それにしても、まだ幼さの残るこの少年がまさかこんなに上手く人を殺せるとは、まさか甘寧は思っていなかった。やはり戦場が似合うって言う俺の意見は間違ってなかった。と甘寧は思う。

以前城の中で見た陸遜の笑顔はまるっきり甘寧にとっては気に喰わない物だった。皆あんな顔に騙されているのか、と甘寧は正直思った。
甘寧から見たらその笑顔は、笑顔と定義するにも至らないものだったから。


そういう奴は、大抵戦場でイキイキした顔で人を殺すんだ。

甘寧は何の確証も無い自分の意見に、やたら自信を持っていた。
人にはいろんな奴がいる。全部が全部そうってわけじゃないけど。今まで見てきた中ではそういうのが多かったから。
普段全然つまらなさそうにしてるのに戦場に出るととたんに顔が良くなる。

陸遜もそんなタイプの奴なのかな、と甘寧は心のどこかで思っていた。別にだからと言って非難するべき事でもないし、大事な所はそこではない。


「やはり。大した事はありませんでしたね」

まだ砂塵が残る中、ふいに、陸遜が背を向けたまま言葉を発した。服についた土埃を払うでも無く、剣を収めるでも無く、ただ、その場に立ち尽くしている。

その姿は、赤い鳥が荒野に舞い降りたようで。

「そうだな」

甘寧は短く言うと、陸遜に近付いた。しかし陸遜はまだ甘寧の方を見ようともしない。
先程からピクリとも動かない陸遜を、甘寧は不思議に思う。

そして、陸遜に近付いて、初めてその細い肩が小さく震えているのを甘寧は知った。


「・・・怖いか?軍師さん」

甘寧がふと聞いてみる。陸遜は、顔をあげた。その瞳は潤んではいなかったが、少し放っておいたら泣いてしまいそうな。まるで迷子の子供のような瞳をしていた。

「怖くはありません」

声も震えている事はなく、いつも通りしっかりとしていた。

「じゃあ、憂いてるのか?人を殺す事に」

陸遜は、チラ、と甘寧の方を見た。瞳と、瞳とが音も立てずに交わりあう。

「たくさんの人の生を終わらせる事で、新しい世の始まりとなる。それは憂う事かも知れません。」

陸遜は淡々と話す。感情がこもっているのかいないのかさえ良くわからない。その言葉からは聞き取れない。耳を済ませる。彼の感情を零さないように。

そして、陸遜は、甘寧と目を合わせたまま、言葉を続ける。
甘寧は、何故か、その瞳から目を離す事が出来なかった。

「でも、私個人の意見としては・・」

陸遜が、急に腕を足下に移動させた。甘寧が一瞬動揺していると、陸遜はちょうど太ももあたりの止め具から小さな短刀を抜き出し、甘寧の方へと投げた。

甘寧はまだ陸遜から目をそらす事が出来ない。間髪いれず、後方から敵のものと思われる悲鳴が聞こえる。



「でも、私個人の意見としては、そんなに嫌いじゃないです」

甘寧は、初めて陸遜の笑顔を見た。
目を細めて、年相応の笑顔を甘寧に見せる。一瞬、ほんの一瞬、時が止まったかのように思った。

それが、本心か。

甘寧は、大刀を地面に突き刺し、自分もつられるようににかっと笑った。

「上等だぜ」



彼の体についている鈴も、つられて笑っていた。




第二話。終


あれ。陸遜がただの猟奇的な人になってしまった。といいますか自分で書いておいて退屈な作品だなと思います。ぐお・・。もっと平坦な展開なのに面白くて人をひきつける力がほしいです。

というわけで、初めて陸遜の笑顔を見る甘寧、というのが書きたかっただけです。あい。

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