第一話:華一片


「では、この様に。諸将軍方。宜しく頼んだぞ」
呉の軍師、周瑜がぐるりと辺りを見回し、一つ頷いた。すると、それが数時間続いた軍議の終わりを告げる事になり、一部屋に集まった強豪達が、思い思いに竹簡を読んだり、大きく伸びをしたりし始めた。
やがて、皆が部屋を出る用意をし始めた時。今までずっと机の上で紙を広げていた呂蒙が急に何かを思い出して「ああそうだ」と言った。

「呂蒙殿、何か?」
周瑜が自分の荷物を片付ける手を休め、呂蒙の方を見る。
「失礼。言うのを忘れていた事があるんだ。皆、今回から陸遜を軍師として参戦させる事になった。」
呂蒙がチラリと小さく自分の傍らに座っていた、まだ幼さの残る少年・・・陸遜を見やる。陸遜はそれを確認すると一歩前に出る。彼は少しだけ息を吸い込み、前を見据える。

いろんな気配が混じり合う。珍しい物を見る目をしている者。明らかに怪訝な顔をする者。

正直言うとあまり居心地の良い気配とは言えなかったが、これは十分、予測出来た事。
「陸伯言と申します。若輩者ですが…孫呉の為、全力を尽くして頑張ります。宜しくお願い致します」
凛とした声が部屋に響く。
陸遜はそれだけ一息に話してしまうと、深く礼をした。

陸遜は、その時、誰かが小さく笑うのを
しっかりと聞いた。きっと呂蒙や周瑜には聞き取れなかったであろう。明らかに陸遜を馬鹿にしたようなその笑いを。

(上等じゃないですか)
陸遜は、頭をあげ、にこりと笑ってみせる。
「では、これで」
呂蒙が言うと、今度こそその場はお開きとなった。

陸遜は将達が部屋から出て行くのをずっと見ていた。出来る事ならさっき自分を笑い飛ばした者を見つけ出したかったが、それは流石に無理だった。最後の一人が部屋から出るのを見ると、ようやく彼は一つ息をついて、片付けを始める。

:::::


部屋を出た陸遜は、両手に一杯の資料を落とさないようにバランスを取りながら、ふらふらと廊下を歩いていた。 軍議は昼過ぎから行われていたはずだが、既に今は空気が冷たい時間になっている。
後少しで自分の部屋に着くだろうという時、今まで気をつけてゆっくりと歩いていた筈だが、カラ、と音を立てて竹簡が一つ落ちてしまった。

「あ、しまった」

小さく漏らしたあと、目だけでその竹簡を見止める。落ちたのは足元。しかし今この体勢でしゃがんで物を拾ったりしたら確実に二次災害が起きる。ここはまず一旦自室に戻って…とあれこれ考えていると、
目の前に自分よりも一回りは大きな人影が目の前に現れた。陸遜は急に暗くなった視界に驚き、顔を上げる。

「あ、やっぱり軍議って終わってたか」

頭の上の方から自分の物とはだいぶ違う、低い声がふってきた。
その声の主は床に落ちていた竹簡を拾って、陸遜の抱えている一番上にポン、と置く。

そして、彼はにこりと笑った。陸遜は思う。この将軍は、この世にも無礼な将軍は、覚えている。忘れるわけもない。陸遜は彼を、じっと見つめた。それにつられて、彼もまたにっこりと笑った。

彼が笑うと、大きな鈴がその笑顔につられるようにチリンと鳴いた。

「甘、将軍」

別に返事をして欲しくて名を呼んだわけではないが、その男、甘寧は笑顔で「おう」と応えた。


「軍議、終わったの?」
もう一度聞かれて陸遜は、初めて自分がずっと真面目な顔をして甘寧を見つめていた事に気づき、少し慌てて笑顔を作った。

「はい。今終わりました。甘将軍はご出席していらっしゃいませんでしたね」
「おお、今日はちょっと都合が悪くて、な」
「そうですか。あ、拾って下さってありがとうございます」

少し不審な動きをしてしまったかもしれないが相手はそこまで考えちゃいないだろう。陸遜は自分でもまずまず良好だと思える笑顔で、彼に言った。


「ていうか、お前怒ってねーんだな」

突然突拍子もない事を聞かれ、陸遜は不思議に思う。少し、荷物を支える手が痛い。
「失礼・・私が何を怒るというのですか?」

「だって、俺お前の事城に紛れ込んだガキかと思って声かけちゃったじゃん。怒ってねえのかなーと思って」

忘れるわけがない。自分にあんな侮辱を受けて忘れる人間がどこにあろう。しかしここはやはり笑顔で。そう、最初から敵を作ってしまうのは、きっと良くないから。

「ああ・・その事ですか。いえ、気にしてませんよ。お気使いなく」

「そっか。お前って意外と優しいのな」

「・・意外ですか?」

「ああ」

甘寧は、少し身を屈める。陸遜は、あまり人に近寄られる事に慣れていないので、少し戸惑った。

「それにしても、何度お前見ても思うけどさ。お前って女みたいな顔してんなー」

陸遜の笑顔が一瞬だけ凍る。別に、もう何度も誰にでも言われてきた事だから否定はしないが、こうも女っぽいだとか子供っぽいだとか、そういう事を言われると流石にあまり良い気分ではない。しかし、そんな陸遜の心境などお構いなしに、甘寧は笑った。
鈴の音が、響く。

「お前、笑ったら絶対綺麗だろうな」


「・・・・・・・え?」

一瞬、陸遜は何を言われたのかわからなかった。
さっきまで自分は確かに笑っていたはずである。いつも通りに、皆の前でもしているように、にっこりと。いつか誰かが言っていた。華の様な笑みだと。そんな陸遜の笑顔を散々見ておいて、今この男はなんと言った?

「それはどういう・・・」

陸遜がそう言いかけた時、低めの声が後ろから響いてきた。
「興覇!!お前またサボったな!」
「げっ。子明!」

振り返ると、そこには自分の面倒を良く見てくれる呂蒙がいた。甘寧はその姿を見るや直ぐに背を向けて逃げようとするが、

「待て!今日は逃がさんぞ!大体作戦を知らずにどうやって戦に勝つというんだ。みっちり頭に叩き込んでやるからな」
呂蒙があっという間に近付いてきて、甘寧の首の辺りをぐい、と掴む。
甘寧は痛え、とか、やめろよおっさん、とか言っていたが、呂蒙に引っ張られて廊下の奥へと消えてしまった。

廊下に、静寂が訪れる。


「・・・・何だったのでしょう・・・」

陸遜は、小さくそう呟いた。そういえば甘寧に先程の言葉の意味を聞きそびれてしまった。
しかしこうしていても仕方ないので荷物を抱えなおし、自分の部屋へ帰ろうと歩を進めかけた。その時、
「・・・・っわ・・」

ふいに、強い風が吹いた。陸遜はその風の強さに思わずバランスを崩し、よろめく。
音を立てて、持っていたものが落ちた。

(風まで私を馬鹿にしているのでしょうか。)

陸遜がしばし立ち尽くすと、廊下に山のように積みあがった木簡や書類の上に、ひとつ、花びらが舞い降りた。
陸遜は、ため息をつくと、その花びらを手で払いのけ、また一つずつ荷物を持ち始める。
辺りは既に薄暗くなっており、その花びらの色までは見る事は出来なかった。




華、一片。時知らずして、誰が心に




とりあえず出会いを書いてみたかった。まだ萌えも何もなくて退屈な小説かと思いますが、なにとぞ最後まで
お付き合いしていただけると嬉しいです。

そうですね。まあ言える事と言ったら・・・
出会いは、最悪だったような気がします。多分。


華一片
ハナヒトヒラ


確かに陸遜は、軍師として戦場に出るにはまだ幼いと思われているだろう事は知っていたし、年齢の割に自分が幼い顔をしているだとか、妙に女の顔立ちをしているとか、自分で自覚していた。もちろん、自覚しているだけで、納得などしていなかったが。

しかしあくまでここは一国の城の中であるわけだし、更に言うとすれば陸遜はその時、
きちんと礼服を着ていたわけだ。


で、あるにもかかわらず、城の中を歩いていた陸遜に初めて出会った彼は、こう言ってのけた。

「あ、迷子?出口ならこっちじゃねぇけど、送ってやろうか?」


カチン

陸遜は、自分の顔に確かに青筋が入るのを自覚し、しかしにこりと笑い、自分をまるで子どもを見る目でいる甘興覇という将軍にこの城に来て最初の絶対零度の微笑みを贈った。

それが、二人の出会い。





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送