今日も暑いですね




「あぢい」
「・・・」
「あぢいぜぇ」
「・・・」
「なあ公瑾―あぢいー」
「何度も言わなくても聞こえる」

空は晴れ、日差しは眩しい。そろそろ夏も本格的になってきたようだ。
当然ながらこの孫呉も目まぐるしい程の暑さに襲われ、一騎当千の武将達も、流石に脳みそがとろけかけている。

「んな事言ったって暑いもんは暑い」
先程からこの執務室では、駄々をこねる子供のように暑いと連発する孫策と、それをたしなめる周瑜の会話が繰り返されていた。
「子供のような事を言うな。暑いと言った所で気温は下がらないし、君の仕事も減りはしないぞ」
周瑜が、波のない平坦な口調でピシャリと孫策に告げる。
孫策が机の上にある資料や書類を見てうんざりしたため息を吐くと、この部屋に近付いてくる者の気配があった。

「策様―。仕事持ってきたぜー」
「興覇は部屋に入ってくんな。お前が来ると室温が上がる気がするぜー」
「ひでぇ」

孫策と甘寧はそう会話すると、にししとお互い笑った。
「ご苦労だな。甘寧」
周瑜が甘寧にねぎらいの言葉をかける。もちろんその顔には美麗な微笑みを添えて。
「っていうか、周瑜さん、あんた見てると一番暑い」
「だろぉ?俺も脱げって言ってるのに」
確かに、もうすでに脱げるものは全て脱いでしまって、ギリギリの格好をしている孫策や甘寧と違い、周瑜はこの暑い中でも平気で長袖の服を着ている。本人曰く「下手に露出するよりもこの方が涼しいのだ」と言っているが、孫策は絶対ありゃただのやせ我慢だと前々から言っていた。

「んじゃ、確かに渡したぜ」
甘寧は孫策の机に近寄り、ドサドサと竹簡を置くと、ぐ、と伸びをした。
「うっしゃーー!水浴びにでも行くかー!」

ピク、と孫策が動く。
その動きを察して、周瑜が先に行動にでる。
「俺も行」
「君は仕事だ」
この期に及んでまだ逃げようとする孫策を周瑜が逃がすはずも無く、周瑜は孫策を、その切れ長の目で睨みつけた。

「だってよお!こんな所に一日中いたら干物になっちまうって!」
「なってから言ってみろ。水ぐらいかけてやる」
「鬼!」
「私が鬼なら君は鬼の義兄だな」
「〜〜〜〜〜〜興覇ぁ!」

周瑜と言い争いをしても確実に負けると察した。孫策はいきなり甘寧の名を呼ぶ。甘寧はピク、と身じろぎした。この呼び方は・・きっと・・

「興覇!作戦B−52だ!」
「おう!」
「作戦だかなんだか知らないがそんな手にはひっかからな・・・」
甘寧は息を思い切り吸うと、窓の外をビシ、と指さした。
「大変っだー!小喬があんな所で不埒な輩に襲われようとしているぜー!」
「何ぃ!私の小さき猛将よ!」
「今だ策様!」
「ああ!逃げるぞ興覇!!」


ダダダダダダダダダダダ



決して心地よいという事はできない、生ぬるい風が部屋の中を通りぬけていく。

「失礼します。孫策さま。この資料・・・あれ?孫策さま?」

陸遜が執務室に入ると、そこにはいるだろうと思っていた孫策の姿は無く、ただ、部屋の中央で、美周朗、周公瑾が暗い影を背負いながら跪いているだけであった。

「あ、あの・・・周瑜・・殿・・・?」
「私は何故いつもこんな役回りなのだろうな・・・」
「はい?」




「だからって!何故私がこの人達の監視などしなければならないのですか!」
陸遜は、半ばヤケのように言うと、どかっとその辺りにあった大きな岩に腰掛けた。
甘寧と、孫策が一緒に、近くにある川に逃亡した。甘寧の方はまだしも孫策の方の仕事は放っておいたら収集がつかない恐ろしい事になる。
かと言って、孫策にこれ以上黙って部屋に閉じこもって仕事をさせるなど不可能に近い事である。
よって、
「すまないが、あの二人を見張っていてくれないか。二時間だ。二時間たったら必ず伯符を連れて帰ってくれ」
という周瑜の切なる依頼を受けて、陸遜は今ここにいるわけである。
周瑜自身で監視を行ったらどうかとい案は即時に却下された。曰く、「私は・・・このような強い日差しの下には10分以上いられないのだ・・。肌が真っ赤になって、世にも恐ろしい痛みを味わう事になる」らしい。要は、日焼けしたくないからお前代わりに行ってこい。というわけで。
陸遜は頬杖をついて、水の中でばしゃばしゃと気持ちよさそうに泳ぐ甘寧と孫策を見た。いつの間にか彼らの周りには人が集まっていて、夏の鍛錬で疲れきった兵士達が我先にと
川に飛び込んでいく。甘寧と孫策はそれをぎゃははと笑いながら楽しそうにはしゃぐ。
陸遜は、その光景を見て青筋を立てながら目を細めた。
まったく、いい気なものですね。
兵達もこのぐらいの暑さでへこたれるとは、鍛錬が足りない証拠です。忍耐力をもっとつけないと・・。
陸遜はぶつぶつと呟きながら、手元にある書物を膝の上に置く。見張りと言っても、ただ見てるだけでは時間の無駄である。少しは有効活用しないと・・。

パラ、と頁を捲る。貴重な紙の資料だから、大切に扱わないと・・

と、自分の視界が急に暗くなるのを陸遜は感じとった。
顔をあげてみると、そこには、
「何やってんの陸遜」
言うまでも無い、甘寧の姿があった。
髪からはぽたぽたと雫が垂れており、ふわっと水の香りがただよう。
「近付かないで下さい。書物が濡れたら大変です」
「えー、陸遜も一緒に入ろうぜー」
一体何が「えー」なのかちっともわからない。昼間から仕事もせずに水浴び、更にこの私に一緒に水の中に入れ、だと?
「いやですよ」
陸遜はぷい、と顔を背ける。甘寧は「いいからいいから」なんてわけのわからない事を言っている。陸遜は冗談じゃないと思った。

妙にさっきから甘寧がにやにや笑っているなあ、と陸遜は気づいた。この顔は、楽しくて笑っているというより、何か、企んで・・・

「うわああ!!」

瞬間、身体がふ、と宙に浮いた。思わず間抜けな声を出してしまった事を後悔しながら自分の状況を確認する。
「孫策さま、何をしてらっしゃるんですか!おろしてください!!」

孫策が、陸遜を肩の上に担ぎ上げているのである。陸遜がじたばたと動くも、その身体はがっちりと孫策の腕で固定されてしまっている。

「軍師!生け捕ったぜーーー!!」
「いいぞ策様!!!」

いいぞじゃありませんよ!と陸遜は叫ぶ。すると遠くの方から兵士たちまでもがやんややんやとはやしたてる。

陸遜は、ふいに襲ういやな予感に冷や汗を流した。
これは、ひょっとすると、ひょっとして・・・


「ほおりこむぜーーーー!!」
「やっぱりーーー!!」

孫策は陸遜の身体を落ちないように高く掲げると

そのまま、川の中へ放り投げた。


「大丈夫だぜ陸遜!そこ、深いから身体打ったりしねえよ!!

そういう問題じゃないでしょうがー!!!!


一層派手な音と水しぶきを立てて、陸遜は川の中へと落とされた。

「ぎゃははははは!さっすが策さま!後から燃やされてもしんねえっすよー!?」
「ははは!陸遜はちょっと細いからな、鍛えてやってるんだよ!」
「ただのイジメにしか見えなかったけど」
「細かい事気にするなって!」
「あのー」
「なんだ、兵士その1!」
「陸都督が、浮かんでこないんですけど」

・・・
・ ・・・・・・


「「何―――――!!!」」

二人の声が重なって絶叫となり、辺りに響く。



「陸遜、陸遜!!」
甘寧が、先程陸遜が落とされた辺りまで泳いでくる。
すると、水の中、ぐったりと意識を失っている陸遜を発見した。
甘寧の身体から、さっと血の気がひく。頭の中を、悪い想像ばかりが駆け巡る。
「陸遜!」
甘寧が慌てて陸遜を水の中から引き上げる。意識は無いようだ。その目は堅く閉ざされていて、顔色は白く青くなっている。
甘寧は、必死になってその名を呼んだ。

「陸遜、陸遜!!」
名前をひとしきり呼んだ後、動揺のあまり息をしているか確認をしてなかった甘寧は、慌てて陸遜の顔の辺りに耳を持っていく。
どうか、陸遜が息をしていますように。
どうか・・・




「わっ!!!!!!!」
「おわああああああああ!!!!」

急に陸遜が甘寧の耳元で大声を出した。甘寧はうろたえて、水の中でバランスを失う。ようやくバランスを取り戻して息を落ち着かせると、あっけらかんとした声が振ってきた。
「なんちゃって。びっくりしました?」
陸遜が、にこ、と笑う。

甘寧は、息が、出来なくなった。

「うおーい、陸遜、大丈夫かー!」
孫策の声が、遠くから聞こえる。そう大して心配もしていないらしく、ぶんぶんと大きくこちらに向かって手を振っていた。陸遜はそれに応えるように、少し微笑んで手を軽く上げた。

「もう、誰のせいでこんな事になったと思ってるんでしょうか。ああ、もう服が水吸って泳ぎにくいったら・・甘寧殿?」

驚かしてからというもの、一言も言葉を発していない甘寧を陸遜は不安に思い、顔を覗きこむ。

「甘寧ど」

急に、甘寧が陸遜を水の中に引き込んだ。
陸遜が、突然の行動に驚き、もがき、浮上しようとする・・が、
「んぅ・・っ!!」
甘寧の口付けにより、その行動は阻まれてしまった。

一瞬の、あまりに急すぎる口付け。次の瞬間には、甘寧が陸遜を支えて二人で水に浮いていた。

陸遜は、ここが水中であるにも関わらず、自分の身体が熱くなっていくのを感じる。きっと、顔が、赤くなっている事だろう。

「な、な、な、何をするんですか甘寧殿!急に!しかも皆の・・・」
「と思った」
「へ?」
「お前に何かあったら。どうしようかと思った」

甘寧は、低い声でそう呟くと、陸遜の身体をその太い腕でしっかりと支えた。陸遜は、驚いた様子でその横顔を見つめる。

甘寧の瞳が、少しだけ、悲しみに潤んでいるように見えた。

「ごめんなさい」

陸遜が謝ると、甘寧は、「俺こそごめん」と呟いた。

陸遜は、その腕に捕まり、「ごめんなさい甘寧殿」と言った。

岸では孫策が「お前ら何やってんの?」と不思議そうな顔をしている。
甘寧はそんな孫策を見ると、またいつもの笑顔に戻り、
「策様のせいで俺怒られちまったー!」
とカラカラと言った。




なんかよく見かける展開だ。
そのくせ長い。な。(信長風)
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